白の魔歌 〜大学祭〜 p.12
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★ テレビとイモちゃん |
アリサ以下数人が出演した番組がTV放映されるということで、暇のあるものは視聴覚室を借りて放映を見ることになった。暇のあるものということだったが、結局ほとんど全員が集まっていた。 放映が始まった。アリサ達の出番はこれからだったが、画面に映っているテレビ局のスタッフは、なぜか神経質になっているように見えた。 最初に画面に現れたのは、アリサのアップだった。アリサは、とても冷静で、落ち着いているように見えた。アリサは美しくルージュを引いた唇を開き、しゃべり始めた。 「これを見ている皆さん、私たちの学園祭には、必ずいらっしゃってください。さもないと、あなたの身に不幸が起こります。もし来ないおつもりなら...」 画面が引き、エリカとノダがアリサを羽交い締めにし、引きずり戻した。代わりにクレハが画面に入り、話を引き取った。 「本日は、私たちの学園祭を皆様に紹介する機会をいただき、本当にありがとうございます。私たちはたくさんの催しを計画しています。そして、それをより良い形でご覧いただけるよう努力を続けています。私たちは、ご来場いただいた皆様と、楽しい時間を共有できるようにしたいと思っています。若い人も、お年寄りも、もちろんお子様も。女性も男性も、どんな方にも私たちの学園祭に来ていただきたいと思っています。ぜひお出でいただき、私たちの学校で楽しい一時を過ごして下さい」 クレハを押しのけ、アリサが画面に現れる。 「もちろん、ゲイの方にも...」 ノダがアリサの口をふさぎ、エリカと一緒に引き戻す。クレハが再び入ってきて、話を続ける。 「全体的に、落ち着いた雰囲気で、ゆったりと楽しめるプログラムになっています。私たちが目指しているのは....」 「私にしゃべらせろーっ!」 背後から聞こえるアリサの叫びを完全に無視しながら、クレハは話のまとめに入った。 「テーマは、ポスターなどでご覧になっている方も居られるでしょう、「百花繚乱 永遠の見える窓が開く 雌狐浮かれ騒ぐ神無月」です。また、アド千軒さまにお手伝いいただき、学園祭の1週間前からアドバルーンをあげます。最近珍しいバルーンをご覧になったら、私どもの学園祭を思い出して、ご予定を空けてください。また、特別企画の一つとして、西地区で音楽活動を行っているバンドのドグ・ラ・マグ・ラさんをお招きすることになっています。どうぞ、お出でになって、私たちと一緒にお楽しみ下さい。きょうは貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました。皆様のお出でをお待ちしています」 クレハは深く礼をした。アナウンサーが近寄ってきて、喋り始めた。 「何だかとても面白そうですね。番組をご覧の皆様、ぜひ、宮木学院大学の学園祭を見に行ってみてください。きっと楽しめると思いますよ。宮木学院大学の学園祭実行委員の皆さん、ありがとうございました。では、次の話題です...」 |
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視聴覚室の中は、静まり返っていた。経営研究会のサエリが、コホンと咳払いをして、話し始めた。 「ええと、もちろん、あれは演出よね...」 「いいえ」 エリカが真面目に否定する。 「この狂犬野郎は、わたしの手に噛みついて、ひっかきやがったんだぞ」 ノダは手をさすり、忌々しそうにアリサを睨みつけた。 「ばかを言わないでよ、はは。ああした方が若い人は来やすくなるのよ。演出なのよ」 アリサはうつろに笑いながら言葉を返した。クレハがフォローに入った。 「アリサの言う通りよ。きっと、本当に熟考した末の行動よ...たぶん...」 「それで、あなたが一番長いことテレビに映っていたってわけよねえ、クレハ」 クレハは溜息をついて、言葉を継いだ。 「それとも、やっぱり違うのかもしれないわね...」 ノダは吐き捨てるように言った。 「こいつが演出なんて考えていたわけないだろうが。うちらはほとんどこいつを押さえるためだけに行ったようなもんだぞ」 エリカが話に入ってきた。 「でも、面白かったですよ。次は何をしましょうか?」 |
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梅雨になり、雨に恵まれて、フラワーロードの花も、背を伸ばし始めた。しかし、なかなか育ってくれないエリアが何ヶ所かある。メンバーと一緒に、見回ってみるが、思うように伸びてくれていない。 「どうしよう...」 作業をするので、傘は使えない。雨具を着込んで、雨に打たれながら立ち尽くしているアカネに、声がかけられた。 「肥料が足りないんだよ。見て分からないのかい」 アカネは振り向いた。Gおばさんが、傘をさして立っていた。 「おばさん...」 「ソガだよ。」 「やっぱり、肥料なんですね」 「やっぱりって、わかってんのかい」 「他のところでは育ってるんです。ここだけ、地面が固かったし、色も赤っぽくて、やせてるなとは思ってたんですけど」 「そうだね。じゃあ、何で施肥しないんだい」 「肥料がないんです」 「買えないのか、予算がないんだね。まあ、そりゃそうだろう。2キロの花の道だなんて、ばかげてるもんね」 「……」 「ただで手に入る肥料があればいいんだね」 「え?はい…」 「かえるや蛇は大丈夫かい?」 「大丈夫です...わからないけど」 Gおばさんはくしゃっと笑った。 「晴れたら、おいで。無料の肥料があるところを教えてあげよう」 「ソガさん...」 「わかったね?」 「はい!お願いします!」 とことこと家に戻っていくおばさんに、アカネとメンバーは頭を下げた。 |
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次の職員会議での進捗報告時、テレビ出演が問題になった。教頭が嘆いてみせた。 「あんなに、はしたない振る舞いを見て、娘さんをうちに入れるのを躊躇う親御さんが出てきたらどうするんです」 アリサもさすがに何も言えず、うなだれている。教頭も反撃を期待していたのか、言葉が続かない。空気が滞ったので、クレハがアリサに口添えした。 「楽しい学校だと思えば、親より本人が来たくなると思います...たぶん」 教頭はそれを聞いて、ぶっと噴き出した。 「たぶん、ってのは何ですか。助けになっていませんよ」 教頭は言った。しかし、笑ってしまっては、もう勝負にならない。場はなごんで、以後、注意するようにということで、この件はかたがついた。この日は、もうひとつやることがあった。教授連にカンパをお願いするのである。不始末を責められた後だったが、日程が詰まっているので、やむなく決行することにした。 「例のアドバルーンのためかね」 教頭のところに行くと、早速皮肉を言われた。教頭は財布を出し、ためらいなくお札を引き出した。 「え?そんなに?」 「いいんですか?お小遣いが吹っ飛んじゃうんじゃ...」 「失礼な子だね、この子は。いいんだよ、他の人よりもらってるからね。立場上、しょうがないんだよ。見栄も張らなきゃならないからね。ああ、学園長。最低でも5枚は出してくださいよ。私より下じゃあまずいでしょう」 「まったく、教頭先生にはかなわないな」 学園長も大きな額を出してくれた。 「アドバルーンを楽しみにしているからね」 教頭の声に送られ、二人は深々と頭を下げ、会議室を後にした。二人は珍しく、何も喋らずに歩いていく。クレハはぽつりと言った。 「頑張らなくっちゃね...」 「まったく、これ以上、どう頑張れって言うのよ」 梅雨のせいか、きょうはアリサの声も、少し湿っているようだ。 |
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梅雨の中で、久しぶりに晴れ間が覗いた。Gおばさんの家に電話をかけ、アカネと十人くらいのメンバーが昼過ぎに伺うことになった。 「じゃあ、行くよ」 おばさんは、すでに、完全装備をしている。Gパンに長靴、長袖のブラウスに帽子。手には革軍手をしている。アカネたちも、ズボンに長靴は事前に言われていたので装備してきている。さらに各自がバケツにスコップを持っている。 「どこに行くんですか?」 「裏山だよ。あんたたちの学校の、裏」 「あそこはマムシが出るんじゃ...」 「出るよ。大丈夫。注意していくから」 「注意して、ですか」 |
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「おー、礼拝堂が見える」 一人が手をかざして言った。 「ほんとうに、すぐ後ろなんですね」 「そうよ。何回か往復しないと、十分な量にならないでしょ。いちばん学校に近いところよ、ここは」 Gおばさんは、最初に日当たりのいい斜面の土をつついた。 「このあたりは、いい堆肥だからね。まずはここ。掘り崩して、学校に運びなさい。ここから学校にいけるから」 「知らなかった。こんな道」 「マムシが出るからね。普通は通らないでしょ」 「そうだった...」 斜面を掘り崩し始める。 「きゃー、虫!むし!」 「それはカブトムシの幼虫だよ」 「でか!」 「ねえ、学園祭で売れないかしら」 「学園祭は10月だよ。とっくにシーズンオフだよ」 喋りながら土を掘り、バケツに入れる。それを学校まで持っていくのだが、結構な重労働だ。 「ちょうどいいダイエットよ」 みんな強がりながら土を運ぶ。 「これともう一つ」 Gおばさんは、すぐ近くにある沼にみんなを連れて行った。 「ここの泥はすごくよくてね。即効性だから、ここの泥も取っていこう」 みんなは長靴の持つ意味を理解した。それほど経たないうちに、全員が泥まみれになっていた。 「あんた、顔に飛んでるよ」 「美容にいいわよ、きっと」 「肥えたりしてね」 「ひっど。きっと美しく花咲くのよ」 重い泥をぎっしりと詰め込んだバケツを持って10回も往復した頃には、みんなすっかり疲れきっていた。ひとまず、泥と堆肥の脇で一休みする。運んできた泥の中には、注意したつもりでも、思わぬお客さんが入っている。水生昆虫やその他の生物が泥から這い出してくるのだ。バケツの一つに水を汲み、とりあえずそこに放しておく。 |
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騒ぎを聞きつけて、アリサたちがやってきた 「みんな、ご苦労様。これは?」 「花のための土よ。どうしても花が育たないところがあってね。困っていたら、ソガさんがいい土があるところを教えて下さったの」 「ありがとうございます。こんなバカな企画の実現に手を貸していただいて、ほんとうに嬉しいです」 アリサは手を差し出した。Gおばさんは手を出さない。 「汚れてるから」 アリサは無理やり手を取った。 「ありがとうございます」 「だから、汚れちゃうって」 「手がきれいになりますよ、泥は美容にいいんですから」 「ねえ、アリサ」 アカネは嬉しそうに手を出した。 「おみやげだよ」 「何?」 アリサが覗き込むと、イモリが黒い顔を出した。 「ふっ...」 アリサが倒れかかる。慌ててヤンとフーが支える。 「アリサさん、気絶したわ」 「だらしねえ」 だらしねえ、といいながら、アカネがイモリを差し出すと、みんな距離をとる。アカネはおかしそうに笑った。 「でも意外ねえ。怖いものなんてないと思ってたのに」 「弱みをひとつ、握ったぜ」 ヤンは妙に嬉しそうである。アリサはようやく気がついた。 「私、気絶してた?ごめん、アカネ」 「謝ることはないわよ.こっちこそ御免ね。イモリが嫌いだなんて知らなかったの」 「好きな奴の方が珍しいだろ」 ヤンがぼそぼそ言う。フーがヤンを小突く。 「いいえ、みんながこの怪獣の群生地まで行って、泥だらけになって頑張っているのに、私がこの可愛い一匹を怖がって気絶しちゃうなんて...恥ずかしいわ。」 「いいのよ、好きな奴の方が珍しいんだから」 ヤンは頭をぽりぽりとかき、横を向く。 「いいえ、私の気が済みません。決めた。学園祭まで、この子を自治会室で飼うことにします!」 「ええっ」 「まじっすか」 フーとヤンは、同時に悲鳴をあげた。フーは説得しようとした。 「駄目よ、アリサ、飼うにも、入れ物もないし」 「大丈夫ですよ。生物室に使ってない水槽がいくつもありますから」 ガー研の一人がアドバイスをして、フーにすごい目で睨みつけられた。 「決めた。命名、イモちゃん」 「少しは捻れよ」 ヤンの言葉に耳も貸さず、アリサはアカネに尋ねた。 「イモちゃんは何を食べるの?」 「肉食だからねえ。たぶん、芋虫か蛆虫」 「あっ、また気絶した」 「やっぱり、やめといた方がいいんじゃ...」 翌日から、自治会室の会長の机の上に、水槽が一つ置かれていた。 |
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