微量毒素

白の魔歌 〜大学祭〜 p.14


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★ みんなでお食事

 暑さはまだ去らないが、空気の色は、確実に季節が秋に移ろうとしていることを伝えている。そんな夏と秋の狭間の季節に、少女たちはイベントのための準備を進めていた。

「夏休み中だってのに、みんな来てるんだからなー。もっと他に楽しいことはないのかねえ」

 アリサに嘆かれるのは心外だったが、確かに夏休みも終わっていないのに、なぜかいつものメンバーが自治会室に集まっていた。

「アリサさんだって来ているじゃありませんか。学園祭までもうあまり時間がないから、なんとなく不安で来ちゃったんですよ。そうしたらみんないるんだもん」

 エリカが言うと、アリサは肩をすくめた。

「どういう因果かわからないけど、クレハ以外のメンバーは特に決まったお相手がいないんで、暇なのよね。そのクレハがなぜここにいるのかは謎だけど」

 フーとヤンはこくこくと頷いていた。クレハは苦笑して言った。

「そりゃ、あんたらを放置していたら、何をしでかすかわからないからに決まってんじゃない。エリカ、あんたこそ、実行委員になってから、ずっと時間をとって、遅くなってるでしょ。問題はない?」

「いいえ。大丈夫です」

 少し興味を引いたらしく、アリサが口を出してきた。

「男友だちなんかいないの?」

「いますよ」

「怒ってんじゃない?」

「その人が委員をやってみたらって言ったんです。何も言えないでしょう」

「へえ。あなたの男がねえ...野放しなんねな」

「何ですか?」

 クレハが微笑んで言った。

「疲れてない?」

「いいえ。元気ありますよ」

 フーが突っ込んだ。

「悩みなさそうだね、エリちゃん」

「ばか言わないで下さい。私にだって心配事はあります」

 ヤンが気がなさそうに声をかけた。

「ほう。たとえば?」

 エリカは考えながらあげ始めた。

「ええと、今は...協力してくれる外のお店や企業に協力してもらうのがどのくらいうまくいくかとか、人と物の手配もとりあえず方策がないし、どう実現していくかって事がとっても心配です」

 クレハが訊いてきた。

「そう言うんじゃなくて、個人的な悩みはないの?」

「ありますよ。晩ご飯をどうしようかってのが目下の一番の心配事です。ほかには...」

 エリカの言葉に、アリサも同意した。

「食事は私も心配だわ」

 アリサとエリカ以外の全員が笑い出した。クレハは笑いの合間に言った。

「わかったわ。よくわかった。あなたってほんとに変わってるわ。おかしくて、おもしろいわ」

「どういう意味ですか?」

 アリサとエリカ以外は、みんな笑い続けている。エリカは自分たちが笑われているので、何となく面白くない気分で彼女たちを見ている。クレハはようやく笑いを止めて言った。

「ごめんね、エリカ。とりあえず、あしたサークルのリーダー達に、人と物の手配について相談してみましょう」

 自治会の扉を乱暴に叩く音がして、ノダが顔を出した。

「よ。まだいたね。飯食いにいこ」

 ヤンはぶっと噴いた。フーとクレハもたまらず笑い出す。エリカとアリサも仕方なく笑い出した。ノダはいきなりの爆笑の出迎えに、目を丸くした。

「なあんなのよォ?おやまあ、エリカまで。いつまで姫を縛りつけておくんだよ、おやじ」

 ノダはアリサに向かって言った。エリカが答えた。

「姫って何ですか。もうちょっとですよ」

「ああ、もう、まったく」

 目を覆って天を仰ぐノダに、クレハが尋ねた。

「文学研究会の進み具合はどうです?」

「だいたい、OKだよ。ふたりほど、原稿をあげてない奴らがいてね。そいつらがあがれば、あとは印刷所に持っていくだけ。大丈夫、いちばんきついメンバーが今夜、あげてない奴らについていったから。間違いなく、明日にはあがるわ。こっちはどう?」

 フーが答えた。

「問題はたくさんありますけど、全体的にはまあまあいい感じで進んでいます」

 ノダは頷いた。

「よかった。ところで飯を一緒に食べに行こうよ?食べちゃった?」

 アリサが答えた。

「まだよ。一緒に行きましょ」

 エリカは嬉しそうに言った。

「よーし、急いでこれを終わらして、ごはん食べに行きましょう」


 賑やかな一団が正門に近づくと、前でイガが待っていた。見ようによってはかなりの不審人物なのだが、いつも来ており、テニス同好会の押しかけコーチなどもしているので、守衛さんたちとも顔見知りになっており、入り口を入ったところのベンチで待つくらいなら大目に見てもらっている。きょうはアユミさんから情報をもらって、わざわざ来て、張り込みしていたのだ。エリカはすぐにイガに気がついた。

「ハイ、イガさん。何かうちの学校に用事?」

「よお。相変わらずつれないな...」

 いきなりエリカが親しげに話しかけている男を見て、みんなは少し離れたところに集まって、こそこそ話しながら興味津々で二人を見ている。エリカはイガをみんなのところに引っ張っていった。

「友だちのイガさんです。こちらは学園祭の実行委員の人たちと、文学研究会のノダさんです」

「こんにちわ。初めまして」

「初めまして、クレハと言います。エリカとはただの友だちなの?」

「何とかしたいんですけどね」

「実行委員長、兼自治会長の、権力者のアリサです。早く手込めにしちゃいなよ」

「...ええと、よろしく」

「文研のノダです。おっちゃん、ごっそーさん。全部でなんぼや?」

「すうどん三つで4億五千万、って、しまった...」

「よしよし、あんたはええ男や。あたしが保障したる」

「どういう保障よ...フーと言います。エリカさんにはお世話になっております」

「初めまして。エリカさんは突拍子もないところがあるんで、色々と大変でしょう」

「突拍子のなさでは、うちのボスの方が上だから大丈夫だよ。ヤンっす。よろしく」

「そりゃあ、ちょっと怖いですな。ああいう人間はあまりお目にかかったことがないんですが、そんなにいるものなんですかね」

 クレハが溜息をついていった。

「たくさんいれば、突拍子がないとは思えないでしょうよ。マイノリティだから、周囲が振り回されるのよね」

「そうですね。みんながみんなこうなら普通なんでしょうけど、そうじゃないから際立つものがあるんですね」

 フーが片眉を吊り上げていった。

「言いますね、イガさん。それ、お惚気ですよね」

「いや、どちらかというと被害者友の会の言葉に近いかなと思うんですが」

 イガと女性たちの話は、なかなかに弾んでいる。話の成り行き上、マイノリティとされたアリサとエリカは、少し離れて所在なげに立ち、その様子を見ている。アリサはエリカに言った。

「心配してんの?」

「心配?何をですか?」

「そりゃ奥さん、あんたの男をとられんのがですがな」

「私の男じゃありません。彼が気に入りました?」

「おもしろい冗談ね、そういう事はないけど。あんたに実行委員に参加するように勧めたのは、あの彼なんでしょ?」

「ええ。最初は何を言ってるのかと思いましたけど、今はとても感謝してます」

「そうだよね。普通、そうはならないだろう。自分といる時間を増やしたがるよね、学校のことなんか放っとけって」

「そう思います。すごく、親身になってくれるんです」

「そりゃ、惚れた女のためだもんね。けっこうほだされるだろ?」

「イガさんはただのお友だちです。それ以上じゃ、ありません」

「じゃ、彼の片思いなのね、なんてかわいそう!」

「そういうんじゃないんですってば」

「自分ではわかんないもんなんだね。さてと、いいかげん腹が減ったよな」

 抗議しようとするエリカを無視して、アリサはみんなに声をかけた。イガも意向を問われたが、せっかくエリカと一緒に食事できる機会を棒に振るわけがない。

「お邪魔虫もいっぱいついていくけどね」

「いえいえ、両手に花どころか、お花畑の案山子の気分ですよ」

 ようやく来たバスに乗り込み、駅前に向かった。イガは無理やり二人掛けの席で、エリカの隣の座らせられたが、エリカは窓の外を見ている。他のメンバーは同志の一人の男友達について、様々な情報を得たがっており、色々と話しかけてくる。自然、イガは他のメンバーと話をすることになり、張り切って盛り上げている。エリカをそれをちらっと見て、また夜の道路を眺めている。


 色々揉めた末に、和風レストランに入ったみんなは、それぞれ注文をした。アリサは日替わり定食を注文した。きょうはキンメダイの煮付けである。フーはざるそばを頼み、ヤンは、カレーうどんを頼んだ。クレハは麦とろ飯のセットにした。ノダはサンマ定食をとり、イガはカレー丼を頼んだ。エリカは、迷いなくカツ丼を頼んだ。

「ええい、色気のない」

 というのは、ノダのコメントである。とりあえず、空腹を満たしたみんなは、レストランを出て少したゆたっていた。クレハが言った。

「まだ、解散、って雰囲気じゃないね。じゃあ、いつもの」

「ハルモニア?」

 ノダが受けた。全員が同意したので、ぞろぞろと喫茶「ハルモニア」に向かった。

「けっこう来るんですか?」

 イガが聞くと、フーが答えた。

「打ち合わせではしょっちゅう。けっこう大人数が入れて、適度な囲まれ感があるから、話がしやすいの」

「ほう」

 ノダが付け足した。

「でも、デートで使う奴はいないよ。知り合いに会うことが多いからね」

「なるほど...」


 確かにハルモニアは居心地がよかった。カウンター席と少し離れてテーブル席があるので、それほど回りに気兼ねすることなく話ができるのだ。イガはまたエリカの隣に座らせてもらったが、エリカの友人にいい印象を与えようと、色々な話をふっている。イガがふと視線を感じて振り返ると、エリカが横からイガをじっとみていた。イガは少しどぎまぎして言った。

「なに?」

「え?」

「見てたろ?こっちを」

「そうだった?」

「うん」

「ごめん。考え事してたみたい」

「何を?」

「忘れた...」

 アリサほか全員が、興味深そうに二人を観察していた。アリサは頷き、ノダは首をふっていた。


 ハルモニアから出ると、もう10時近くなっていた。みんなの帰りの手段を確かめながら、アリサはイガに近づいた。

「エリカはあんたを好いてるようね」

「はは、だったらいいんですが...」

「あの娘を幸せにできる?」

「いつでも全力で当っとります」

 アリサは頷き、イガの肩に手を乗せて言った。

「頼むぜ、おにいちゃん」

 クレハがエリカの手を引っ張って、引き寄せながら言った。

「イガさん、エリカをうちまで送ってあげてね」

 ノダが茶々を入れた。

「変なことすんなよ!」

「しません!」

 エリカとイガを残して、てんでに手を振ったり、別れを告げながら、メンバーはみんな駅の方に向かった。エリカは闇の中に溶け込んでゆく。イガは慌てて彼女を追った。ようやく追いついて、イガはエリカと並んで歩き出した。エリカはしばらく黙って歩いていたが、ぽつりと言った。

「何をしないの?」

「何もしないって、もちろん。心配すんなよ」

 イガはあせって言った。それを聞いたエリカは、思いに沈みながら歩いていく。イガはそんなエリカについて行きながら、少しだけ居心地の悪さを感じていた。なぜ自分がそんな風に感じるのかと首を捻りながらも、イガはエリカをエスコートしながら、夜の街を歩いて行った。


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