微量毒素

白の魔歌 〜地吹雪〜 p.3


魔歌

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 何なのかしら、この特徴のない、灰色の壁の会議室は。私のキャラクターに合わない感じ。これは、頭をポマードでぺったりと固めて、四角い眼鏡をかけたおじさんたちの棲息エリアじゃないのかしら。しかも、なんだか人がぞろぞろ出てくるし。なんかもう、すぐにでも出て行きたい感じ。

 ある種の国家公務員に囲まれつつあるような、危機感があるんだけど。それでも出て行かないのは、出てきた人間の種類がめちゃくちゃだから。国家公務員じゃ、これはあり得ない組み合わせだわ。そういう判断と、むくむく湧いてきた好奇心を抑えきれずに、私は出てゆくのをしばらく見合わせた。おじさん二人、一人は私をここに連れてきたコウガさん。もうひとりは髪のウェーブがキュートな、年齢不詳の背の高い人。とても雰囲気が落ち着いている。でも、私の目から見ると、かなり危ない色がまわりに滲み出ている。私ほどじゃないだろうけど、たぶん、表を大手を振って歩ける人間じゃあない。それよりすごいのは、女の子。見たところ、中学生くらい。青少年育成保護条例に引っかかるわね、間違いなく。しかも、この席順だと、この子が主役の一人だし。いったい、この先、どんな展開になるのかしら。

「今回の、ホウセンカ氏の参加により、キスゲ氏のチームが実行部隊の形式を満足する。つまり、戦略考案1名に対し、実行担当2名のチームが編成される。チームの詳細は、戦略考案をキスゲ氏が、実行部隊を他の2名が担当する。ちなみに、私はプラタナス。チーム全体のオブザーバーだ。決定権は私にはいっさいないが、チームの要請により、アドバイスを行うことになる。チームコードはMNTK0264。チーム名は驟雨。概要は以上だ。」

 プラタナスさんの語りは、簡潔的確すぎて、情味がない。まるでポマードおじさんの業務連絡みたい。でも、あの女の子がブレインで、こちらは実行部隊と。いったい、何を実行すればいいのかしら。こわいわ、うふん。

「あんたはホウセンカなのか。」コウガさんが小声で聞いてきた。

「そうらしいわね。何かに気を使ってのことらしいけど、センスがすごいわね。」

「田舎者にそこまで言われるのも、気の毒だな。」

「あなたはどうなのよ。何かしゃれたコードネームがついてるんでしょ。」

「私にはない。」

「うそ。何で。」

「ないから、ないんだ。」

「恥ずかしい名前なんで言えないんでしょ。すずらん、とか、きんぽうげ、とか。」

「あんた、うるさい。」

「やあねえ、あんたじゃなくて、ホウセンカ、よ。教えなさいよ」

 二人で盛り上がっていたら、プラタナスさんが見かねて口をはさんできた。

「マロニエ、何を話している。チーム全体の顔合わせだ。会話は共有して欲しい。」

 マ、マ、マ...。だめ。我慢しなくちゃ。コウガさんはきつい顔をして、プラタナスさんを睨んでいる。

「すまん、プラタナス。気をつけよう。それから、俺のことはコウガと呼んでくれ。いつもそう言っているだろうが。」

 マ、マ、マ...。だめ。我慢できない。私の意志とは無関係に、私の指が、震えながらコウガさんを指して、私のお口が、言っちゃう...

「あんたがマロニエ?いいじゃない。何で隠すのよ。マロニエさん。」

 何て不快そうな顔をしてるのかしら、コウガさんは。やっぱり、我慢しなくちゃいけなかったな。誰でも、どうしても我慢できないことはあるもんだし、勝手に名前を、しかも気に入らない名前をつけられるのは、確かに嫌かもしれない。まずったな...

「俺は、コウガだ。間違っても、そんな名前で呼ぶな。」

「あのね、コウガさん...」

「マロニエさん、それは困ります。」

 いきなり、話に割り込んできたのは、それまで一言も言ってない、キスゲっていう子。何だっていうの?この子は。

「この組織では、個人が特定できないように、コードネームを使っています。個人が特定されることで、その人が被るかもしれない被害を、未然に防ぐための処置です。」

「おれは構わないと言ってるんだ。」

「マロニエさんが構うか、構わないかの問題ではありません。組織としての方針がそう決まっているのですから、守ってもらわないと収拾がつきません。」

 ちょっとむかついてきた。方針、方針って、そんなに振りかざすほどのもんなの?キスゲって子は、頭でっかちのおばかさんなのかしら。だとしたら、ちょっと太い釘をさしておく必要があるわ。

「ちょっと、あんた。組織としての方針もいいんだけどさ、この3人は組織なわけ?」

「組織でしょう。ここには4人いますが。」

「ひとりはオブザーバーだ。人数には入らないだろ。組織じゃないよ、この3人は。頭は悪くないんだろうから、わかるように言ってあげよう。組織は、チームの集まった全体だろ。このチームは、組織の構成単位かもしれないけど、組織じゃない。」

「それは...」

「最後まで聞きなさい。基本的な礼儀だよ。何が言いたいのかって言うと、この3人は、組織である前にチームだ、ってこと。組織で何を決めてようが、チームをうまく動かすためには、チームとしての対応が必要でしょ。このチームが何をするのか、まったくわかんないけど、けっこう危ないことをやるんだろうし、その時には、組織の対応より、もっと密な意思のやりとりがいるんじゃないの?」

「でも、些細なことじゃないですか。しばらく我慢していれば、慣れてしまいます。慣れてしまえば、気にならなくなります。そうすれば、ルールを破ることもないのに、わざわざルールを破るなんて...」

「おれは絶対...」

「コウガさんは黙ってて。話の筋が分かれちゃうから。お嬢ちゃん、ルールというのはね、一つの指針なのよ。それを守れればよし、でも、ルールによっては、守らなくてもいいものもあるのよ。この場合、このルールを守ることで、損なわれるのは、仲間の一人のプライド。ルールを破ることで損なわれるのは、コウガさんのプライベートの安全よね。」

「俺は安全より...」

「お黙り。まだ話は終わってないの。ここまではわかる?お嬢ちゃん。逆に、ルールを守ることで、満たされるのは、小さな達成感。そして、ルールを破ることで得ることができるのは、ちょっとした罪の意識と、それによって生まれるチームの一体感よ。わかるかな?お嬢ちゃん。」

 どうかな。キスゲちゃんは、反論しようと思えばいくらでも理屈をつけて攻撃することは出来るだろうけど。この場合、この状況で、私の言葉が正しいのは、キスゲちゃんにもわかっているはず。キスゲちゃんに正しい現状認識能力と、正しいプライドがあれば、その隅を突付いて反論するのは、恥ずかしくてできないでしょう。どうかな。来るかな。

「お話はわかりました。コウガさんとお呼びします。でも、お嬢ちゃんはやめてください。私はキスゲです。」

「そう。お嬢ちゃんはやめてほしいのね。」

 キスゲちゃん、顔にショックが出てるわよ。本論は認めてくれたみたいだけど、悔しさのあまり、本論とは違う部分で反駁してみようとしたのね。でも、それ自体が罠だったのよ。もうキスゲちゃんを、逃げ道もないほど完全に追いつめちゃったわね。あら、すごい音。ギリギリ...って。コウガさんとプラタナスさんは、一瞬周りを見回したりしてるけど、私には発信源がわかっている。これ、キスゲちゃんの歯軋りの音なんだよね。


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