微量毒素

白の魔歌 〜地吹雪〜 p.4


魔歌

back

next



 人前で歯軋りか。なんて、プライドの高い子かしら。感心しちゃうわ。でも、プライドだけ高くてもね。この子はこれからパートナーになるんだから、もっと能力をあげてもらわなきゃならない。対人折衝能力が、まだまだ低すぎるわ。この子は、もっと苛めて、追いつめてあげる必要があるわね。それで能力があがるはず。

「だから、このおじさんのことは、マロニエじゃなく、コウガと呼びなさい。わたしはユカル。このチーム外には、マロニエとホウセンカで通すべきでしょう。それはわかってるから、チーム内ではそう呼んで。」

 あらあら、キスゲちゃん、黙り込んじゃって。でも、容赦はしてあげなくてよ。

「わかったのかな、キスゲさん。わかったら、ちゃんと言ってくれないと、私は馬鹿だからわからないのよ。」

「...わかりました。」

 おや、この子、ただの頭でっかちかと思ったら、そうでもないじゃない。目は合わせてくれないけど、これだけ言われながら、わたしの言葉を受け入れるなんて。ちょっと見直しておこう。

「あんたが子供だと思って言ってんじゃないのよ。私が初めてお仕事をしたのは、あなたより小さいときだったからね。」

「...それはわかってます。」

 だから、悔しいんじゃないの、という顔だわね。それにしても、普通なら誰かここで、フォローをかましたりするものじゃないかしら。あのオブザーバー。プラタナスさんは、何をしてるのかしら。んー、なんだか冷静にこっちを見てるわね。

「ねえ。そこのオブザーバー。こういうときのために、あんたがいるんじゃないの?調整役でしょ。」

「いや、済まない。つい、見とれてしまってね。何となく、落ち着くところに落ち着きそうな気がしたんで、傍観していたんだが。口をはさんだほうが良かったかな。」

「今さら、いいけどさ。」

「それでは、このチームの当面の活動について連絡します。」

 この子ったら、これだけやられても、自分のやるべきことはちゃんとやろうとしてるのね。感心、感心。声も手も震えてるけど、これだけ自制できるなら大したものだわ。ふむふむ、週毎にミーティングをする、と。実際に活動する場合の連絡については、メールおよび内線電話で連絡し、必要があればミーティングを持つ、と。今後のチーム運営についての説明、と。

「連絡は以上です。なにか確認しておきたいことはありますか?」

 私もコウガさんもうなづく。キスゲちゃん、それをちらりと見て、それじゃあ、私はこれで、と口の中で言って、出て行く。部屋の誰とも、目を合わせないようにしてる。やっぱり、けっこうきつかったのかな。私はキスゲちゃんの出て行った扉を眺めながら言った。

「このチームは、ちゃんと動くのかしらね。」

「私の感触では、上々だろう。」

 プラタナスさんが言う。本当に?何か無責任な感じだけど。コウガさんが口をはさむ。

「やはり、戦略考案チームは陰険な人間の集まりだな。あんたを見ていると、よくわかる。あの子がかわいそうじゃないかね。」

「あの子は、チーム組みは初めてなの?」

「そうだ。」

「じゃあ、ちょっときつかったかな。」

「大丈夫。見た目と違って、あの子はけっこうしたたかだ。あのくらいでは、あの子はつぶれない。」

「つぶれるところまでやるのが、かわいそうだって言っているんだが。」

「何よ、この会話は。そこのオブザーバー、こんな感じでいいの?このチームは。」

「チームによっていろいろなカラーがある。これはこれでいいだろう。」

「あー、不安だわ。でも、初対面であれだけ言われて、その後ちゃんと一通りの説明をしたからね。なかなかの心臓だわ。甘やかす気はさらさらないけど、ある程度、信頼は出来そうね。」

「そういってもらえると、こちらも助かる。」プラタナスは、ほっとしたような顔で言った。

 初顔合わせとしては、けっこうきつい状態になったかな。でも、わたし自身のお仕事のことを考えると、表面だけでの意思疎通は命取り。これでチームが駄目になれば、作り直すことになるだろうし、悪さ出しの意味でも、このぐらいのことはやるのがあたりまえ。さてさて、キスゲちゃんも、あのままじゃ黙ってないだろうし、これからが楽しみね。考えていたら、コウガさんがあごをしゃくる。

「ユカルさん、とりあえずの宿に案内する。気に入らなければ、すぐに他に移ってもらって構わないそうだ。」

「面倒だから、あまり移ったりする気はないけど、よろしくお願いするわ、コウガさん。」

 きのうはホテルだし、どうも落ち着かない。早く隠れ家に入りたい。荷物をコウガさんに示して、私は優雅に席を立った。


「何よ、あの女!」

 キスゲは部屋に帰ると、クッションをつかんで、壁に投げつけた。食いしばった歯がきしむ音が聞こえる。

「あんたは正しいのはわかったわよ。でも、もっと言いようがあるんじゃないの。プラタナスだって、何も言ってくれないし。何だってのよ。最悪よ、あのチームは。」

 キスゲは、ほかに何か投げたり、壊したりできるものがないか、部屋の中を見回した。適当なものが見つからなかったので、自分の指のつめを噛み始めた。キスゲは孤独だった。

「絶対、復讐してやる...」

 キスゲは、さっそくチームメイトに復讐する方法をあれこれ考え始めた。いつの間にか熱中してきて、机に座り、パソコンでプランを練り始めた。わかりにくいところは図解を作成し、資料に入れた。キスゲは、前向きに孤独だった。


魔歌

back

next

home