微量毒素

白の魔歌 〜地吹雪〜 p.8


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 電話が鳴ってる。珍しいわね。

 ユカルは、珍しいものでも見るように、目の前で鳴り続ける電話を見ている。

 生まれてから今まで、自分あてにかかってくる電話なんてものには、まったく縁がなかったしね。電話ってのは、こんなふうにかかってくるんだ。なるほど。そう、こういう時は、誰かが私に用事があるんだから、電話に出なくちゃいけないのね。

「どうした?ユカル。」

 コウガの気遣わしげな声。しぶいね。で?

「どうしたって?」

「何もないのか?ミーティングに出て来ないから、何かあったのかと思って、電話したんだが。」

「ミーティング?」

「聞いてないのか?」

 やってくれた。さすがに早いね、若い子は。思わず笑い出しそうになったが、声は低く、コウガに返した。

「聞いてないわね。今週は何の予定もなし。美貌を磨いてるわ。」

「冗談を聞く気分じゃない。そうか、連絡がなかったんだな。わかった。こちらから連絡する。」

「冗談のつもりはないんだけど。どこ?」

「20211だが...大丈夫か?」

 今度の大丈夫か、は微妙ね。来て、暴れださないか、というニュアンスが入ってるわ。

「大丈夫。すぐに行くわ。」

 部屋に入ると、妙に緊迫した空気。とくに男衆は、怯えてるわね。キスゲちゃんは、落ち着いてる。裏設定をしてるな、この子は。

「連絡に手落ちがあったみたいね、キスゲちゃん。」

「ちゃんはいりません。手落ちではありません。今回は、ユカルさんに、やっていただく役割がないので、お呼びしませんでした。他のメンバーだけで十分だと思いましたので。ユカルさんは、いろいろとお忙しいでしょうから。」

「気を使ってくれて、ありがと。でも、大丈夫。暇を持て余してるから、何でも出来るわよ。なにかやらせて。これ以上美貌を磨きすぎると、別の犯罪を引き起こしちゃうからね。」

「玉(ぎょく)も磨きすぎると、曇ってしまいますよ。わかりました。ユカルさんにやっていただくほどのお仕事じゃないんですけど、コウガさんのバックアップ役をお願いします。。」

「うれしいわ、皆さんのお役に立てて。」

「本当にありがとうございます。かえって気を使っていただいて。」

 コウガもプラタナスも引いてるわね。無理ないけど。

「じゃあ、仕事の段取りを聞かせてちょうだい。悪いけど、最初から。」

「わかりました。では、資料を...あら、人数分しか用意してないわ。いいわ、私のをどうぞ、ユカルお姉さま。」

「ありがと、キスゲ。じゃあ、始めてちょうだい。」

 コウガ、顔色が悪いわ。プラタナスは髪の毛をのの字に指に巻きつけてるし。本人は意識してないんでしょうね。あんまり引き毟ってると、はげちゃうわよ。キスゲはうれしそう。無表情だけど、言葉がうきうきしてるわ。なんだか、不穏。ま、とりあえず、受けてみようじゃないの。ねえ、キスゲちゃん?


 ユカルは、ビルの非常階段のところで、片手の双眼鏡をぶらぶら揺らしながら、下界を見ていた。

 ここはいいわね、人気もなくて、いい風が吹いているし。日除けがなくて、直射日光が照り付けるのが、難、って言えば難かな。念のため、帽子を持ってきて、よかったわ。日射病で倒れていたかもしれないもの。冬とは言え、日光の直射はけっこうきついしね。風が冷たいけど、フル装備だし、少し、手足の先の感触がなくなってきているだけだし。まあ、北海道の吹雪に比べれば、ぜんぜんOK。あの子もやるわね。これは、2段落としだわ。存在無視から、気候による間接攻撃。あの子が平均気温や、風の状態を一所懸命にチェックしてるのが目に浮かぶわ。甘く見てたわね。

 ああ、コウガがいるわ。肉眼でも見えるけど、双眼鏡で見てみましょう。おーい、コウガ君、がんばってるかねー、なんて。暇だわ。わたし。

 しかも、私の役はコウガが荷物を移動する時の、単なる監視。強いて言えば、いてもいなくてもよい役。でも、何かあったら連絡をとらなきゃいけないから、職場放棄も出来ない。んー、見事な攻撃だわ。自分から何でも出来るわよ、なんて言った手前、後で文句もつけられない。ま、いいか。もう少しで終わるし。しかし、この調子でこられるとつらいわね。あっちが頭だから、手足は文句言えないし。ま、様子を見ましょ。もし、手に余るようだったら、それなりの対応をとればいいし。


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