白の魔歌 〜地吹雪〜 p.11
魔歌 |
コウガはこけた様子もない。ギャグでないことはわかってくれたらしい。 「ほんとうに考えたことがないわ。」 コウガは考えているらしい。それを知ることは、そんなに重要なことなのかしら。逆に私が訊きたくなってきちゃったわ。 「ねえ、こんな仕事っていうのは、誰かの寿命を短縮してあげるお仕事のことよね。」 コウガは顔をあげ、頷いた。 「こちらが訊きたいんだけどさ、こんな、ってのは否定的な意味があるわけでしょ?何で、否定的にとらえるの?」 「悪いことではない、と言う事か?」 「自分の寿命を縮めるのは、生物として許されないと思うんだけど、他のものの命を奪うのは、なんでいけないの?自然の中ではあたりまえの事だと思うんだけど。」 「肉食の動物が、他の生物を餌として狩るのは、あたりまえのことだろう?自分の命を維持するために。」 「自分の命を守るため、っていう言い方は、どこまでも広がってゆくのよ、コウガさん。鳩が同じ仲間を攻撃するのは知っているでしょ?縄張りを守るために、侵入してきた他の動物を殺すこともよくあるでしょ?縄張りから追い出せばいいのに、殺すのよ。それは将来、また侵入してくるかもしれなくて、その時、自分の調子が悪ければ、逆に殺されてしまうから、でしょ。必然じゃないのよ、この殺しは。現在は殺す必要がなくても、未来を予測して、ればたらで殺すのよ。これは、あたりまえなの?」 「自分の命を守るために人を殺すということが、目の前を横切ったから殺す、ということにつながってくる、ということだな。」 「そう。しまいには、笑ったから殺す、息をしたから殺すになってきちゃうってこと。」 「だから、あんたは殺すのか?」 「だから、はないわね。私は殺すことに、言い訳なんて必要ない。殺そうと思った相手を殺すだけ。あの赤い花を摘んできて、と言われて、摘んできてあげるのと一緒。それだけのことよ。」 「その花が泣き叫んでも?摘むのが不当でもか?」 「コウガさん、摘まれる花が泣き叫んでいないって、どうして思うの?彼らは泣き叫んでいるのかもしれないのよ。摘まれるのは不当だって、叫んでいるのかもしれないわよ。」 「それは...」それ以上、言葉がないわね、コウガさん。みんなそうなのよ。けっきょく、自分の器でしか、物事を測れない。私が持ち出したこのものさしは、普通の人間には扱えないものさしだから。 「あなたの耳には聞こえていないだけでしょう?あらゆる生命が、死に対して抗議していないなんて、どうして思えるの?それこそ傲慢だわ。自分にしか見えない範囲で、理屈を作って、都合のいいように虐殺を正当化するなんて。」 「確かに、私は人間の立場でしか、判断していない...これも、おかしい話だな。」 「まあ、いいの。普通はそうなんだから。私が違うだけ。花の悲鳴も、牛や豚の悲鳴も、人間の悲鳴も、みんな一緒。だから、なんら特別なことではないのよ、私の場合は。」 「...わかった。」 わかったでしょ、コウガ。私は、異常なのよ。普通の人間のような感情を持っていないらしいの。だから、あまり私に関わらないで。不幸になるから。 「君はずいぶん、つらい育ち方をしたらしい。わたしは言う言葉もない。でも、たぶん、いつか君も、人間のことがわかる日が来るだろう。私はその日がきてくれることを、君のために祈っている。」 コウガは、向こうを向いて去ってゆく。私は、無視したい?殺したい?わからない。 「...何よ。」 私の言葉は、人のいないトレーニング・ルームの中で、心細く消えてゆく。 「...なんだってのよ。」 気が付くと、汗も引き、トレーニングマシンの下で、身体はすっかり冷え切っていた。 |
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「今度は、住民の意識調査の仕事になります。調査であるとわかると、生の声が聞けなくなりますので、注意してください。今回はお二人とも、各戸を訪問して、反応を見てください。チェックのポイントは、外来者に対する個々人の反応です。具体的なチェック項目については、チェック項目一覧に書いてありますから、よく理解しておいて、結果を戸毎に記入してください。外観粉飾として、コウガさんは、住宅外壁の塗り替え業者を、ユカルさんは新興宗教の勧誘者を考えています。」 今回は、コウガも入ってるから、嫌がらせじゃないんでしょうね。それにしても... 「住宅外壁の塗り替え業者か。けっこう、恰好が難しいな。営業風のかっこうがいいのか、現場業者のかっこうがいいのか。」 「営業風の方がいいでしょう。現場業者だと、現地で作業中によるケースが多いですから、どの家をやっているのかなど、突っ込まれる怖れがあります。営業なら、飛び込みで回っているというポーズが取れますので、ボロが出にくいでしょう。」 「新興宗教の勧誘者ねえ。イメージが湧かないな...」 「上から下まで同じ色、たとえば黒一色とか、白一色とかですね。赤や青など、はっきりした色だと、精神的におかしい人と思われる可能性がありますので、無彩色のほうがいいでしょう。衣装部と相談して、用意してください。」 「どんなふうにしていれば、勧誘者らしく見えるのかしら。」 「行動パターンについては、実際の業者や宗教者を撮影したビデオがありますので、見て、研究しておいてください。資料もまとめてあります。こちらも参考にして下さい。」 「この手の情報収集ってのは、必要なんだろうが、きつい仕事だな。単調で、場合によっては罵られる。いやな仕事だ。」 「そうねえ。まだ、実際のノルマとかがないからいいけど、まったく知らない人と顔を合わせて、にっこりしてご挨拶しなきゃいけないのは、けっこう苦痛だわ。」 あれ?これ、まずいわ。コウガも眉をひそめている。これを聞かれたら、次は絶対...キスゲちゃんは、何をしているかな。んー、熱心に書類のチェック中ね。こちらに注意は払っていないようだけど、どうかな。聞かれたかな...ま、いいわ。じきにわかるでしょう。さあて、きょうから私は新興宗教の勧誘者。せいぜい、狂信してみましょう。 |