微量毒素

白の魔歌 〜地吹雪〜 p.15


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「ちょっと話がある。」

 あら、コウガさん。

「いいの?こんなところで話しかけてきて。」

「緊急連絡だ。気付いてるか?」

「東京での、初めてのお友だちのことなら、大丈夫。」

「サポートするか?」

「冗談はやめて。私はそれだけを楽しみに、きょう一日を耐え抜いているんだから。」

 コウガは困ったように笑った。

「わかった。やりすぎるなよ。」

 コウガさんはそう言って、隣で目を丸くして、コウガさんを見つめている二人を、不審そうにちらりと見て離れて行った。私はサポートのお礼の意味で、軽く手を振った。


 コウガさんを見送って、向き直ると、これ以上はないというくらい見開かれた、二人の瞳と向き合っていた。

「?」

「早乙女さん、今の人が村上さんね。」

 かすれた声がセクシーである。合点がいった。イメージ・キャラクターをお借りしたんだもの、確かにそう思われても仕方がない。

「ね、そうなんでしょ。彼、こんなところまで、あなたをサポートしに来てくれるのね。羨ましいわ。」

「そ、そうね。そんなに来なくてもいいのにね。」

「うそ。嬉しいんでしょ。」

「え?ええ、まあね。」

「今晩も約束してるのね。」

「へっ?」

「だって、会うことだけを楽しみに、耐えてるんでしょ。」

「あ、そうね、まあ、そう。」

「じゃあ、今晩もデートなんだ。」

「えっと、そういうことに、なるのかなー。」

「また、とぼけて。きょうもすごいんでしょうね。それだけが楽しみなんて...」

「は、はは。ははは。」

 このお嬢様方の頭の中で、ものすごい妄想が膨れ上がってるのが、目に見えるようだわ。ごめんなさいね、コウガさん。あなた、ものすごいイメージで見られてたみたい。こんな可愛いお嬢さんたちに...

「いらっしゃいませ...ン」

 ちょうどやってきたお客さんたちに、上気した、妙に色っぽい仕草でパンフレットを渡しているお嬢さんたち。お客さんがどぎまぎしている。私もお仕事しなくっちゃ。

「いらっしゃいませェ。パンフレットをどうぞン。」


 ようやく、二日間の仕事が終わった。なにか、お二人はまだ聞きたそうだったけど、これ以上コウガさんのイメージをおかしくしてもね。約束があると言ったら、二人ともすぐに解放してくれた。あー、いいなあ、この開放感。さらに、後ろからついてくる、可愛い獲物たち。あー、もう我慢できない。

このあたりに、手ごろな場所があったわよね。よし、左折、と。そこで、右折。両側ともお屋敷で、大きな木が繁っている。人もほとんど来ない。

「静かにしろ。騒ぐと、身体に傷がつくぞ。」

 よし、いいタイミング。今度は少し、プロっぽいわね。

「黙ったまま、こっちに来い。腰に押し付けているのはナイフだ。おまえの身体くらい、簡単に貫通するサイズだぞ。」

 よしよし、いい脅しだ。これなら、ついていっても、不審がない。ちょいと、駄目押し。

「やめてください...ひどいことはしないで...」

 いつの間にか、7人ほどの男たちに囲まれながら歩いている。お、サンセツコンさんもいる。今度は何を持っているのかな。

「こっちだ...」

 今度は私に聞かせるためにではなく、ナイフ男が囁く。私を含めた集団は、時間に置き捨てられたような、古びた、小さな裏路地へ曲がった。

 しばし、間を置いて。くぐもった悲鳴。打撃音。そのあたりを塒にしているらしいカラスたちが空に舞い上がり、警告の鳴き声を発する。泣き交わすカラスたちの下の路地から、ユカルが顔を出した。瞳が、濡れ濡れと光っている。すばやく左右を確認し、服を手早く撫で付けながら、歩き出した。


 あー、ストレス解消した。でも、少し注意しないと。あまりな恰好で人前に出たらまずいからね。あら、手の甲に赤いものが...鼻血ね、あのハンサムさんの。たぶん、鼻の骨は折れたけど。どうしても、素手で殴りたくって。かわいそうに、あの人たちにそれほどの罪はないのに。でも、さっぱりしたわ。明日もまた、がんばろー。


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