白の魔歌 〜地吹雪〜 p.16
魔歌 |
この件については、さすがにプラタナスさんから、キスゲちゃんにクレームがついた。 「わかっているのか、キスゲ。組織のメンバーが人目についてどうなるのか。現に、ユカルは顔を覚えられている、以前あった人間に再度確認されている。その人間が、イベント開催者経由で、ユカルの素性を調べようとしたらどうする。それに、このような形の情報収集は、もっと合った者がいるだろう。もう少し。特性を考えて配置しろ。」 「考えて、いいと思ったんですけど。きれいな人でないといけないし、我慢強くて仕事に対するモチベーションも高いし。」 「あーら、ありがとう。でも、それは買いかぶりすぎよ。それほどの人間じゃないわ。」 「いいえ、ご謙遜ですわ。お姉さまの潜在能力は、こんなものじゃないと思いますわ。ほんと、スーパーウーマンですもの。」 「うふふふふ。」 「おほほほほ。」 笑いあう二人。すくみ上がる男たち。 |
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今度はすごいわ。私が今、どこにいると思う?公園なの。公園のどこだと思う?公衆トイレの裏。いくら、人前に出るのが、まずいったって、ねえ?しかも、ここでやるのは、公衆トイレの利用状況の確認。ほんとに?何か意味があるの?って言いたくなるけど、ちゃんと意味があるらしい。意味があるったって... 私がやるのは、中規模公園における、公衆トイレの利用者のプロフィール確認。これを一週間。曜日による変化も見たいということで、有無を言わさず。他チームの2人と合わせて、4人で交代しながら。あたしの担当は朝6時から正午まで。コウガは深夜0時から朝6時まで。すれちがったけど、まったく知らないふり。そりゃそうだけどね。 プロフィール確認の仕方は、トイレ内にカメラを設置して、モニターでチェックするの。人が来るまで、裏でじっと待ち、人がきたらプロフィールを確認する、という具合。乙女のやる仕事じゃないわよね。もちろん、個室の中までカメラがあるわけじゃなく、入り口付近が見られるようにしてあるんだけど、プロフィールを確認しなくちゃならないから、カメラも2ヶ所にセットしてあって、男性用の一個が、実にきわどいのよね。サイズまで記入してやろうかしら。 ああ、来た。女性だけど、けっこう切羽詰まっているみたい。飛び込んできたわ。20台後半、服装はスーツ。会社員?この時間にここには来ないわよね。化粧がきついから、セールスレディかな。...出てきた。化粧をチェックして、出てゆく。所要時間は3分12秒。 今度は男性用。60を越えているかな。ジョギングスーツで、ジョギングの途中かしら。あら、まずい位置に。もう少し前に出ないと、あ、見えた。見たくはないんだけど。でも、けっこう立派。あー、しぶきが飛んでる。...こら、手を洗いなさい。洗っていきなさいってば。ああ...行っちゃった。所要時間1分3秒。も、まいった。キスゲちゃん、ここまでやってくれると、いっそ爽快だわ。あー,開き直った。もうやるわ、私。きっちり、調べてあげよう。 |
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ミーティングの度、視線に火花が飛び交うけど、直接交わす言葉は最小限。だんだん、表面を繕うのもばかばかしくなってきた。見たところ、キスゲちゃんの方が余裕がなくなってきているみたい。まあ、そうよね。キャリアが違うわ。こっちが嫌がらせに対して、リアクションしないから、いろいろ不安になってきてるんでしょ。ま、自滅してくれるなら、それはそれで構わないけど。男どもは何かこそこそ話しているし。 「おい、オブザーバー、こういう状況を何とかするのがおまえの役目じゃないのか?」 「いや、実務に支障は来たしていないし、まだ介入は早い...実は、もう手遅れじゃないかと思っているんだが。」 「チームの崩壊より、我々が巻き込まれて、破滅する方が早いんじゃないか、と言う気がするぞ。」 「同感だ。とにかく、今、介入するのは大惨事をもたらしかねない。もう少し様子をみよう。」 「もっともらしいことをいいながら、おまえ、逃げてるだろ。」 「当然だ。私に自殺願望はない。もし、望むなら、君にこの大役を譲ってさし上げよう。なに、遠慮することはない。」 「まっぴら、ごめんだ。なんで俺が。」 聞こえてるわよ、お二人さん。ほんとに、男は役に立たない。まだまだ私は余裕があるけど、ほんの少しでも納得できないことがあったら、すぐにこの子を殺してしまおう。今は、ちょっときつい漫才をしているだけでお金がもらえるんだから、不満はない。でも、この子、ちょっと可愛いのよね、意地になって突っかかってくるあたり。できれば、殺さないで済ませられればいいな。情を移すほどではないから、殺す時にためらいはしないけど、少し、気を使ってあげよう。殺さないで済ませる方向にいけるように。 次の仕事は、新人の勧誘。なんで、こんなことを、と思うけど、けっこう重要な仕事みたい。さすがのキスゲ嬢も、私抜きでは段取りを作れなかったみたいだけど、甘いかな?裏があるかな?たぶん、ないと思うけど、用心だけはしておこう。相手を見て、業務に向いているかどうかもチェックしなけりゃならない。現場の人間の判断がいちばん信用できるんだって。向いている業務ったって、トイレの監視とかのことじゃないんだろうしね。 とりあえず、ちょっと楽しみ。どんな人が来るかわからないから。先入観を持つといけないから、私にはプロフィールも教えてもらえない。コウガは知ってるらしいけど。着ていく服を、いろいろ検討しちゃってるな、私の頭。そんなに楽しいことじゃないのよ。人殺しを一人、迎えに行くだけなんだから。 |