魔歌:Bonus Track 〜初めてのデート〜 p.1
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1 | 二日後の電話 | p.1 |
2 | 待ち合わせ | |
3 | 初めてのデート | p.2 |
4 | ハルモニア | |
5 | デートも終わりに近づいて | |
6 | ディナー・タイム | p.3 |
7 | 後朝(きぬぎぬ)の別れ、の、前 | p.4 |
魔歌:Bonus Track 〜初めてのデート〜 |
李・青山華 |
★ 二日後の電話 |
電話のベルが鳴った。夜9時を少し回ったところだ。イガは電話のところに行き、受話器をとった。 「はい、もしもし」 「もしもし。こちら、白鳥と申しますが、イガさんはいらっしゃいますか」 「エリカさん?」 「ああ、イガさん」 受話器の向こうで、ほっとしたような気配が伝わってきた。 「なに、緊張してるんだよ。この電話は俺のへやのなのに」 「いや、ひょっとしたら誰かいるかもしれないと思って。邪魔をすることになったら、まずいし」 「なんだよ、それ。おれが待ってるって言ったのは2日前だぞ。それを聞いていながら、よくそんなことが思いつけるな」 「すまん。疑っているわけじゃないけど、不安は勝手に湧いてくるんだ。ごめん」 エリカの真剣な謝罪の気持ちが伝わってきた。 「ま、しょうがないね。3ヶ月も放っておいて、とつぜん追っかけられても、信じる方が難しいよな」 「いや、信じてるぞ。...信じてはいけないのか?」 不安そうなエリカの声。思わず微笑んでしまうイガ。 「いや、信じていいんだ。大丈夫。何の問題もないよ」 「うん。それで両親と話したんだ」 お、いきなり本題。相変わらず、エリカらしい。 「ふむ」 「両親はいいと言った」 この野郎。少しはわかるように話してくれ。 「えーっと。いいと言ったのだね」 「うん」 「よろしかったら、順を追って話してくれないか。話がよくつかめない」 「ええ?うん、わかった。...やってみよう。私はうちに帰った。両親に、イガさんという人と付き合いたいといった。両親はいいと言った。私はよろこんで、イガに電話をした。こんな感じか?」 さっぱり中身が伝わって来ない。小学生の絵日記か、これは。両親はイガと付き合うことを認めてくれたらしい。それはいいが、いやいや、なのか、やむなく、なのか、涙を呑んで、なのか、そのあたりの感じが重要なんだが... 「親御さんは、どんな感じで、いいと言ってくれたんだ?」 「よろこんでいた。恋もしないで結婚してしまうのかと思っていたそうだ。イガさんのことを根掘り葉掘り聞かれた。写真も見せた。それで、電話できるようになるまで2日もかかったのだ」 なにを話したのだ、この女は。親と、恋人について2日間も。ぜったい、何かとんでもないことまで言っているに決まっている。そのうち会いにいくつもりでいたが、どうやって顔を合わせられるのだ。ああ、不安だ。 「それで、明日会いに行きたいんだ」 明日かいーっ!と突っ込みを入れるべき間合いだな。ほんとうに、溜めのない奴。少しはじらした方が、優位に立てるのに。 「あ、明日ね。いいけど。どうせ春休みだし、暇だし」 「何時が都合がいい?」 「何時でも」 「じゃあ、朝7時にそちらに着く」 「......朝7時にここに来て、なにするつもりだ」 「話だろ。ばかだな。そう言ってるじゃないか」 「朝7時じゃ、喫茶店もろくに開いてないぞ」 「駅前のベンチでもいいぞ」 「いや、それって、何か変だろ。だいたい、話なんてそんなにないだろ。話が終わったら、何をするんだ?すぐに帰るのか?」 「私には話すことがいっぱいある。話が終わったら、デートをするのだ」 イガはがくっときた。まあ、いいけどね。まあ、うれしいけど。 「何か問題があるのか?」 エリカが心配そうに聞いてきた。いや、何の問題もないよ、たぶん。強いて言えば、こちらの心の準備とかが、エリカさんの行動スピードについていきにくいと言うくらいかな。 「せっかくの報告なのに、遅いかな。きょう、これから行こうか?ちょっと大変だけど」 イガは頭が後ろにがくっとなった。貧血でも起こしそうである。 「エリカさん、2時間かかんだろ?今9時半だろ。早くて11時半だろ」 「うちからだし、着替えたりしなくちゃならないから、12時は確実に回るな」 「...明日でいい。明日会おう。でも7時は早いだろ。10時。駅前の王城で会おう」 「ん。わかった。じゃあ、明日」 「じゃあ。でも、何で7時なんて時間にしたかったんだ?」 「んー、私はイガさんに、なるべく早く会いたかったんだ。非常識なことを言ってごめん。じゃ、明日」 電話が切れた。イガはしばらく受話器を耳に当てたまま、じっとしていた。受話器を耳から離し、しばらく見つめた後、置いた。その後もしばらく、イガは電話機を眺めていた。 「...おれだって、会いたいよ」 イガは呟き、立ち上がった。窓を開け、外を見た。まだ風が寒い。そう、去年のこの頃に、イガはエリカと初めて会ったのだ。その時は、イガも、エリカも、まったく相手を意識していなかった。そして、今、イガの頭の中には、エリカが満ちていた。 「明日か...」 イガは、無理しても今日来いと言えばよかった、と思っていた。やがてイガのへやの窓が閉まり、窓から漏れる柔らかな光だけが、寒風の吹く夜に、温かみを与えていた。 |
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★ 待ち合わせ |
翌日、イガは駅の改札口の見える場所で、エリカのくるのを待っていた。今、時計は9時に達していない。約束では、10時に王城という喫茶店で会う事にしていたが、その時間が待ちきれず、イガはずいぶんと早く、駅に着いてしまっていたのだ。それなら駅で待ったほうが早いと決め、ここで腰を据えているのだ。 さっきから何回か、列車が到着し、人々を吐き出したが、エリカの姿はなかった。当然と言えば当然である。エリカの乗ってくるだろう列車は9時35分。イガは待つとわかりきっていて、ここに立っているのだ。 しかし、待っていると、時間の経つのが遅い。時計を見ると、さっき時計を見てから、まだ分針が動いていないのだ。思わず、思い切り伸びをした。伸びをしたついでに、時計を見ると、感心な事に、分針が1分進んでいた。その時、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、エリカが驚いたような顔をして、立っていた。 「どぇ?」 イガがわけのわからない言葉を吐くと、エリカはほっとしたように笑った。 「ああ、よかった。遠くで見て、イガさんだと思ったんだけど、時間が時間だから、別人のそっくりさんかと思って。おはようございます」 「あ、おはよ。って、何でここにいるの」 エリカはにっこりと笑って言った。 「朝、起きたらどうも待っていられなくって。8時くらいに来ちゃいました。駅の喫茶店でモーニングセットを食べてました。そのまま時間をつぶすつもりだったんだけど、座ってられなくて。それでここに来てみた所なんです。イガさんこそ、なんでここに?」 「んー。どうも落ち着かなくって、早めに来てしまった。同じかね、エリカさんと」 そう言って、イガはあらためてエリカを見た。起毛されたキャメル色のニットに、こげ茶色のミニスカート。同じく茶色のショートブーツ。上には、やはり薄茶色のショートトレンチを羽織っている。エリカは手袋をした手をこすり合わせて言った。 「やっぱり、早いとけっこう冷えますね」 「ああ、朝、窓を開けたら凍りついていましたね」 「実家の方は、もっと寒かったんですよ」 「そうでしょうね、北だから」 「これからどうしましょうか。王城は9時からですよね。外は寒いし...」 「そうですね。駅の喫茶店と言うのもなんだし」 言いながら、イガはエリカのもっている荷物に気付いた。小さなボストンバッグ。やはりこれも茶系の色で、タータンチェックになっている。 「荷物はどうします?」 「そうですね...」 「持ちましょう」 「いいですよ、そんなに重くないから」 「いいから、いいから」 受け取って、イガはそれを肩に回して担いだ。 「どこかに預けますか?それとも持ち歩く?」 「預けてもいいんだけど...」 「じゃ、駅のコインロッカーにでも」 「そうですね」 二人は駅の右側にある、コインロッカーの方に行き、荷物を預けた。 「ええと、これからどうしましょう」 エリカの顔には、当惑の色のようなものが現われていた。これからどうしよう、ということに対してではなく、何か歯車が噛み合わない、もどかしさのようなものを感じているようだった。イガもそれは同じである。イガはエリカの手をとった。エリカは驚いて、イガの顔を見た。 「まず、言葉遣いを改めましょう。距離感がおかしくなってしまうから」 イガはそう言って、エリカの手を引いた。 「とりあえず、朝飯は食ったんだよな。じゃあ、散歩に行こう。中央公園。いいな」 エリカの顔に、ほんとうに明るい、朝日のような微笑が浮かんできた。イガの手を握り返すエリカ。 「もちろん、いいとも。あそこで健康的に森林浴をしてこよう」 イガはエリカの手を引いて歩き出した。 「イガ、手をつないでいると、どきどきするぞ」 「俺もだ。安心しろ。これで正常なんだ、たぶん」 「そうだね。すごく、いい感じ」 イガは笑い、足を速めた。エリカはいつも通り、大股で歩き、イガに遅れることはなかった。 「そうそう、こんな感じ」 イガは呟いた。デートにしては、やけに早足で歩く二人。傍で見ると、どう見えるかは知らないが、これで、いつも通り。エリカとの付き合い方は、これぐらいの距離感がちょうどいいのだ。 |
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