魔歌:Bonus Track 〜黒屋敷〜 p.5
魔歌 | back | end |
1 | マヤの死 | p.1 |
2 | 長雨町の黒屋敷 | |
3 | 中庭で、少女と | |
4 | マヤ | p.2 |
5 | 恋人を待って | p.3 |
6 | 笑いさざめく少女たち | |
7 | お籠に、入れて | p.4 |
8 | 捜索 | |
9 | 私を、いかせて | p.5 |
10 | エピローグ |
★ 私を、いかせて |
マヤはすっかり目を覚ましていた。屋敷の中が騒がしい。いつも自分と身体を合わせている男たちの、殺気だった声が聞こえる。 「女を抱いてばかりいると、男も荒んでくるのね...」 マヤが寝具に包まれたまま呟くと、何の前触れもなく重い扉が開いた。 「!...あなた」 「お久しぶり、マヤさん。ちょっと急いでいるんだが、今、いいかな」 「...何ですの?」 「俺はこれから脱出する。ついては、マヤさんも一緒に来ないかと思って、誘いに来た。どうかな。一緒に行かないか?」 マヤは疲れたように笑った。 「本当に、何も聞いていない方ね。昨日あれだけ言いましたでしょう。私はここの生活に満足しておりますし、出て行く気もございませんって」 「言葉と思いが一致するとは限らないってね。昨日のあんたは、泣いてるみたいだったからさ」 「戯言(ざれごと)を!お救いになるなら、他の方たちもお声掛けされたんでしょうね」 「わかる限りで、全員のところを回った。でも、あんたの言った通り、みんな出て行きたがっていない」 「全員を?浅黄さまにも、お声をかけられたんですの?」 「すぐ前に。あの人は、どこか出たがっているような気がしたんで、後に回した。けっきょく、断られたけどね。で、あんたに関しては、あの人と意見が一致した。あんただけは、外に出る意味がありそうだから」 マヤは眦(まなじり)を決して起き上がった。襟元が少し寝乱れており、白い肌が覗く。コジローは慌てて目を逸らした。 「だから出ることにどんな意味があるっておっしゃるの?なぜ私を付けまわされますの?」 「あんたは出たほうがいい。ここにいたら、いつかあんたは自分の怒りに飲み込まれて、自分を失ってしまうだろう。そうしたらもう取り返しがつかないから」 マヤは立ち上がり、襦袢を直す。眼はコジローから離さない。コジローは目を逸らしている。マヤは山吹色の着物を羽織り、帯をとった。そのまま窓際に行き、窓に帯をかける。コジローに気付かれず、衛士たちに知らせるためである。鶯色の帯が窓から垂れ下がる。着物を整える間、目を逸らしていたコジローは気付かなかった。マヤは着物は羽織ったままで、コジローの前にふわりと座った。 「外に出たら、私たちはただの女の子です。お金もなくて、やぼったい服を着て、まずいものを食べて、誰にも愛されない。誰がそんな生活を求めるっておっしゃるの」 「あんたは怒っている。愛し合ってもいないのに、一緒に暮らす夫婦たちを。それが許せないから、それを怒るんだろう?あんたは、本当はみんなを認めたいんだ。だから、認めるだけのことをしない皆に怒りをぶつけているんだ。そうじゃないのか?」 マヤの目に、怒りが閃いた。 「知ったようなことを。では、あなたに何が出来ますの?外に連れ出すだけの意味を、私に教えてくださるの?あなたが、そんなことを本当に出来るとお思いになっていらっしゃるの?」 コジローには答えられない。マヤの目に、凶暴な喜びが宿った。マヤは悪意を込めた瞳をコジローに近づけて、コジローに囁いた。 「そうだ。私をいかせてご覧なさい。女を抱いたこともないのに、女のことを知っているなんて思っていただいては、困りますわ」 コジローは愕然とした。マヤは毒々しく笑っている。 「そんな...そんなことは出来ない...」 「出来ますわよ。童貞と処女じゃ、いくなんてことはできないでしょうけど、私の身体はとっても高性能ですから、ちゃんと抱いてくださればいけるようになっておりますわ。それだけ知ったようなことをおっしゃられるなら、どうぞ、私をいかせてくださいな。いかせてもらえれば、あなたが女のことをとやかく言う資格があると認めてさし上げますわ」 マヤは羽織っていた着物を払い、コジローに身体を向けて寝具に横になる。襟元をくつろげ、左足を前に伸ばす。襦袢の裾が開き、白い足が太ももまで露わになる。 「さあ、どうぞ。たっぷりと可愛がってくださいね、お兄様」 |
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コジローは哀しそうにマヤを見つめている。 「どうしても、しなきゃならないのか?」 「当たり前ですわ。さあ、どうぞ。大したことじゃありませんから」 コジローは、意を決したように立ち上がった。マヤに近づく。マヤは仰向けになり、微笑んだ。コジローはマヤの隣りに跪く。しばし逡巡して、重なるようにマヤにうつ伏せに乗る。コジローの体重を受け、マヤは、はあっと息を吐いた。コジローはびくっとして、身体を離そうとするが、マヤの顔を見て、笑っているのに気付き、そのまま体重をかける。 マヤは楽しんでいる。楽しませる必要のない行為を。相手を思い切り嘲笑っていいという立場を。男の体重がかかってきただけで、マヤにはもう心地よい。この心地よさを味わいながら、後は自分の思うように、この男を弄んでやればいいのだ。マヤはこの男を滅茶苦茶にしてやりたかった。自分の内側まで無遠慮に踏み込んでこようとするこの男を。マヤはコジローの耳に口を寄せて、熱い息を吐きかけながら囁いた。 「どうしたの、お兄様。固まっていたのでは、気持ちよくなりませんことよ。ああ、もちろん、あちらは硬くしていただかなければなりませんけれど」 マヤはこらえきれずに、コジローの耳元で笑い始めた。次第に声が高くなる。 「お兄様、ひょっとして、何をどうしていいのかもわからないのじゃありません?でも、山吹はお教えはしませんわよ。お兄様がご自分で出来るはずのことでございましょう?」 コジローは少し身体を起こし、マヤの顔を見下ろす。コジローの視線を受けて、冷たく微笑むマヤ。コジロ−はマヤの身体の下に手を回し、抱きしめる。はぁんとマヤは息を吐く。男に抱きしめられるのは心地よい。たとえどんな男であっても。コジローは背中と腰に手を回して、強くマヤを抱きしめる。マヤは快感を感じて身体をくねらせた。熱い息が断続的に口から喘ぎとなって溢れ出る。しかし、とても残念なのだけれど、いく心配はまったくない。この男は女の足を開かせて、割り入ることも知らないのだ。弾力のある胸を揉み、尖った先を吸うことすら知らないのだ。マヤはぬるま湯の中のように、鋭さのないコジローの、必死の愛撫を受けて心地よい。心地よいが、このままでは決していくことはない。 「どうしたの、お兄様。お急ぎにならないと、衛士たちが参ってしまいますわよ。この状態で踏み込まれたら、お兄様は笑いものね。ね、お兄様」 マヤは我慢しきれず、含み笑いをもらし始める。マヤはコジローの背中に手を回し、軽く爪を立てる。コジローの身体が慄くのを感じ、マヤの笑いは次第に高まる。マヤはコジローの体の前に手を回す。硬いものを探り当て、マヤは狂ったような嬌声を響かせた。圧倒的な征服感に、マヤは笑いをとどめることが出来なかった。 コジローは突然立ち上がろうとした。マヤはそのコジローの首を抱きしめて、足を絡ませる。マヤは扉が開くのを聞き、そして倣岸と衛士に言い放った。 「私は構いませんから、このまま取り押さえなさい。けっこうやんちゃだから、お気をつけてね」 |
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部屋に入り込んできた衛士は、剣を振り上げた。 「!?」 マヤは一瞬、衛士が何をしようとしているのかわからなかった。衛士は剣を振り下ろす。 「ぐ、はあっ!」 背中を切られ、コジローはうめいた。切り裂いた剣は血飛沫を飛ばし、壁に複雑な模様を描き出した。マヤの身体にも、重量感のある液体が滴ってくる。 「そんな、殺すつもりですの?」 マヤは目を見開き、衛士に聞いた。コジローはぐったりとして、大きく呼吸をしている。呼吸のたびに、新しい滴がマヤの首筋にたれ落ちる。 「中を知られた。逃がす訳には行かない。とりあえず動けなくして、足を切ってここで飼い殺しにする」 それを聞き、コジローはもがいて立ち上がろうとする。衛士は、今度は足を狙って剣を振り上げるが、絡まっているマヤの足が邪魔で狙いがつけられない。 「だめだ。俺はここを出なくちゃならない。茜と約束したんだ」 マヤはしがみついていた手を緩めた。コジローは弾かれたように飛び上がり、回転しながら足を一閃し、床に降りた時には、衛士は倒れている。しかし、コジローもすぐ膝をつく。背中からの出血はかなりの量になっている。マヤは立ち上がり、懐紙を持ってコジローの背中を拭く。傷はけっこう深い。懐紙を当てて、引出しから練り絹を取り出し、身体に包帯代わりに巻きつける。短く息を吐くコジローに、マヤは静かに尋ねる。 「茜さんと、何を約束なさったの?」 コジローは苦しい息の下から答える。 「伝言を頼まれた。あいつの恋人を捜し出して、伝えてやる」 「茜さんの、あの恋人?騙して逃げた男のことでしょう?信じていらっしゃるの?」 「騙したのかどうかは知らん。でも、約束したんだ、茜さんと」 コジローにとっては、相手がなんであろうと、いいのかもしれない。コジローは伝えるだろう、茜の恋人に。マヤはそれを確信した。マヤはコジローを立ち上がらせた。 「だったら、さっさとお逃げなさい。道を教えてあげるから」 しかし、コジローはマヤを血の飛んだ寝具に押し倒し、覆い被さる。 「なにを...早く逃げないと」 「俺はあんたを連れて行く。いかせればいいんだろ」 背中に回したマヤの右手に、赤い血がつく。 「無理ですわ。早くちゃんと止血をしないと」 「時間がないんだ」 マヤはコジローを見つめた。コジローは本気で、必死になってマヤをいかせようとしている。抱きしめるコジロー。力を込めると、新たな滴がマヤのわき腹にふりかかる。マヤは大きく溜息をついた。そしてコジローの手を掴み、自分の足の間に導く。そして、そこにコジローの指を押し当て、囁いた。 「押して。強く」 コジローは、言われたとおりに、指を強く押し当てた。マヤは腰を動かし、位置を調整する。そして、コジローは強く マヤの口が 開く 声もなく ・ ・・ ・・・ 海に面した窓の外では、音もなく灰色の雨が降り続いている。その微細な雨粒が屋根の上で集まり、間を開けて軒から落ち、その時に小さな音を立てる。マヤは、その微かな音を聞いている。コジローは動かない。マヤは目を開けて、コジローの下になっている。雨粒が、落ちる。そして、廊下の方から騒がしい足音が近づいてくる。マヤはコジローの背中を軽く叩いた。コジローはすばやく起き上がる。そして、油断のない眼を扉に向けた。 |
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マヤの部屋の扉が大きく開き、衛士が3人、入り込んできた。倒れている仲間を見て驚き、コジローに切りかかる。コジローはその下をくぐり、掌底で男の顎を突き上げる。男は1メートルも上に飛び、そのまま気絶した。二人目の剣を左に回りながら避け、右肘でわき腹を強く打つ。その陰になって攻撃できないもう一人の頭を、倒れかかった男越しの回しげりで蹴り飛ばす。3人を片付けたが、遠くから、さらに大勢の声が聞こえる。すぐにここに来るだろう。 コジローはマヤを抱きすくめようとしたが、マヤはコジローを窓の方に突き飛ばした。 「まだだ。まだ...」 「ついていきます。だから、先に行って」 マヤは言った。不審げにマヤを見るコジロー。マヤは窓の外を指差した。 「窓から海へ。警察を呼んで。岸に上がったら、左へ行けば港に出ます。そこの駐在所に行けば何とかなります。さあ、お行きなさい」 コジローは笑った。 「あんた、やっぱり出る気はあったんだな。ちゃんと調べて...」 「馬鹿!お行き!」 扉の外に、衛士たちが現われた。窓に取り付いたコジローを見て、なだれ込む。剣がコジローの背中をめがけて殺到する。その背中にマヤは身体ごとぶつかっていった。一瞬の抵抗のあと、目の前の背中は消え、マヤの目に映ったのは180度の灰色の空と海。その背に勢い余った衛士の剣が刺さってくるのを感じ、マヤは叫んだ。 落ちていきながら、上を見たコジローの眼に、マヤの口からほとばしる鮮血が空中に広がるのが見える。永遠とも思える瞬間、コジローは血が空中に広がっていくのを見続けて、そして海に落ちた。 |
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★ エピローグ |
「彼は嘘つきと言っていたよ」 言われて顔を上げたのはマヤ。マヤは生きている。右肩を包帯でぐるぐる巻きにされて、病院のベッドに横たわっている。 「ごめんなさい、刑事さん。嘘をつかさせてしまって」 刑事は肩をすくめた。 「嘘はついてないさ。私は、残念だが、と言っただけだ。このような性格の事件の場合、被害者保護のために、被害者の状況を故意に隠してもいいんだ。残念だが、君には教えられない、と言おうとしたんだからね」 「ああら、随分と詭弁がお上手ですのね」 マヤは上品な口調で言いながら、刑事に流し目を送った。刑事は、さすがにこれぐらいで誘惑されるほどうぶではないが、それでも胸の鼓動は高まる。これも後遺症みたいなものだろうか。少女たちは、普通の生活に戻れるのだろうか。マヤは助け出された時、怪我を負わされていた。その苦しい息の下から、コジローには生きていると伝えないで欲しいと、刑事に伝えたのだ。 「...なんで、助けてくれたあの少年に会いたくないんだ」 マヤはその問いにしばらく答えず、窓から海を眺めていた。刑事が返事を諦めた頃に、マヤが言葉を押し出した。 「私が生きているとわかったら、あの人は私をずっと見ていてくれるでしょう。でも、それはあの人にとっていいことだとは思えません。私は、あの人の将来をつぶしたくなかったんです」 刑事は咳払いをして立ち上がった。 「なるほどな。それも一つの考え方だ。でもな、あいつは必死だったよ。必死で君たちみんなを助けようとしていたよ。あいつなら、受け止められたんじゃないか、とも思ったけどな」 じゃあ、と言って、刑事は病室を出て行った。マヤは静かになった病室の中で、身を起こしたまま、じっと考え続けていた。 マヤは思い出す。コジローが、血まみれになりながら、マヤを抱きしめた瞬間を。コジローは、何の打算もなく、ただマヤを救いたい一心で抱きしめていた。自分がどれほど危ないのかを顧みもせず、その後、どうなるのかを考えもせず。コジローの光るほどに白い思いは、マヤを打ち、その瞬間に、マヤはそれまで感じたこともないほどの高みに押し上げられていた。マヤはそのような歓喜を、自分を容赦なく貫き通す光を感じたことは、それまでに一度もなかった。 「約束、破っちゃった。ごめんね。あなたは、してくれたのに」 マヤは病院の窓から見える空を見ていた。秋は深まり、澄み切った青い空が広がっていた。 |
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