緑の魔歌 〜 Eccentric Firebomb Girl 〜 p.4
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1 | エミーリアの夢 | p.1 |
2 | クリスのダイブ | |
3 | エミーはご機嫌斜め | p.2 |
4 | ジョン・タジディ | |
5 | キーワードを捜して | p.3 |
6 | ユーレイカ! | p.4 |
7 | 甘い香りのピーナッツ・バター | p.5 |
8 | お掃除 | p.6 |
9 | 恋は眠気 |
★ ユーレイカ! |
クリスはまだ出てこない。もう2週間になろうというのに。実は何度か、クリスのお母さんに電話をしてみたのだが、やはり、まだ目途がつかないようだと言われた。部屋も、既にゴミ置き場と化しているが、手をつけると、情報の並び順から何からが滅茶苦茶になるので、部屋にも入らず、窓も開けないでくれ(風で飛ぶから)、と言われているのでどうしようもないと、逆に愚痴を聞かされる始末だった。 あれから、ザックやジョンもエミの様子を窺っているのだが、エミが落ち着いているので安心しているようだ。ジョンは、エミの漏らした秘密をきっちりと、連邦銀行の金庫よりも安全な錠をおろして守っているようだ。学校では、エミの近くに寄り付きもしないし、誰とも話もしない。エミが気の毒に思って話に行っても、片手で追い払われてしまう。ジョンの気持ちを有り難く受け取って、エミは離れるのだが、そのせいで、またジョンが悪く言われてしまう。ここでエミがかばっても、ジョンは嬉しくないだろうと思い、黙っているが、けっこうこれがつらいのだ。 エミはせめてクリスに、ジョンのことを話したいのだが、今の状況ではそれも出来ない。エミはストレスを溜めてきていた。自分のことなら我慢できるのだが、人のことになると我慢がしにくい。ジョンは今日もいい子で、学校が終わるとすぐにうちに帰っていく。前の騒ぎで、親にも随分と怒られ、活動を縛られているらしい。あのジョンが、と思うと、エミの心が痛む。明日はジョンが、エミに外された腕のチェックに行き、その後、カウンセラーにきつく諌められに行く日だ。ジョンは文句も言わずに、淡々と従っている。エミは、鉛筆を齧りながら、ある決心をしていた。 |
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その日も、ジョンはさんざんカウンセラーに絞られた。カウンセラーは時間いっぱい様々な方法でジョンの精神を叩き直そうとしたのだが、ジョンは全てを受け入れ、何も言わずにカウンセラーの言うことを聞いた。半分はたわごとだが、半分はジョンが納得できることもある。ジョンは、以前より自分自身について、よく考えるようになってきていた。 ジョンは平生通りの顔でバスを降り、家に向かった。乾いた風が、道路の両側の大きく茂った木々の下を通っている。暑いが、心地よい。クリスが家に向かうと、家の前の門柱に、頑丈な鎖で自転車が縛り付けてある。メタリックブルーの自転車である。ジョンは心当たりがなかったが、仲間の誰かが新しい自転車を手に入れて、見せにきたのかもしれない。しばらく誰とも話をしていなかったので、ジョンは少し嬉しかった。 ジョンがドアを開けると、エミが母親と話をしていた。 「おかえり、ジェイ」 「お帰り、ジョン」 「た...だいま」 ジョンはかけていた鞄を下ろしかけた姿勢のまま、かろうじて挨拶を返した。 「なんで、おまえがここに...」 呆然として言うジョンに、母親が言った。 「この子が、あんたがいじめた子なんだって?ジェイ」 「そうだ。俺がひどくいじめて、友達の鼻を折ってやった奴だ」 「それで、あんたの腕を折ったのもこの子なんだって?」 「それは...折られたんじゃない。外されただけだ」 「何でこんないい子をいじめたりするんだか。まったく、私が小娘だったころから、男の気持ちってのはわからないままよ。ほんと、なに考えてんだか」 言っていることとは逆に、母親は嬉しそうに見える。ジョンが他人をいじめて、怪我をさせ、自分も腕を怪我をしてから、母親はずっとこんな顔を見せてはくれなかった。ずっと、ジョンをどう扱っていいのかわからないような様子で、怒るか、愚痴を言うかだけだったのだ。ジョンはエミの方を見た。エミはまっすぐにジョンを見返してきた。ジョンはなぜか目を逸らしてしまった。 「じゃあ、お母さん、私はこれで帰ります」 「まあ、もう少しゆっくりしていけばいいのに」 ジョンの母親は残念そうだった。母親が心配するからとエミが言うと、ジョンの母親は立ち上がって、エミを抱擁して、言った。 「ありがとう、色々と話してくれて。随分と気が楽になったわ。こんな馬鹿息子でも、親は色々心配しちゃうのよ」 「大丈夫。ジョンは、ちゃんとしてますから。ちょっと訳があって、鼻を折られた子とは、まだ話ができていないんですけど、ちゃんと話させて、友達にしちゃいますから。そのうち、みんなで押しかけてきますから、そのときはよろしく」 「喜んで。うれしいわ、すごく。本当に有難う。こんなところまで来てくれて。待ってるからね。絶対にまた来てよ」 「もちろんです。もう来ないで、って悲鳴をあげたくなるくらい来ちゃいますからね」 「約束よ」 エミとジョンの母親は、拳を作って、軽くぶつけ合った。 「じゃあ」 エミは軽やかに、外に出て行く。ジョンは固まっていたが、慌ててその後を追った。出て行く二人を見て、ジョンの母親は首を振った。 「あんな子がジョンについててくれたらいいのにねえ。でも、あの子のステディは別にいるみたいだし。残念だわ」 |
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ジョンはエミが自転車に巻きつけた頑丈な鎖をほどいているところで追いついた。 「おまえ、何しにきたんだ」 「おまえのおかあさんは随分心配していたぞ。うそでもいいから、いい子になるって言ってやればよかったのに」 「おまえ、何の話をしたんだ」 「私は、本当のことを言っただけだ。ほんとうに、本当のことだけを。おまえが何を言ったって、知らないよ」 「くそっ!」 ジョンは手をわきわきとさせていた。エミはチラッとそれを見て、鎖を自転車のサドルの下にぐるぐると巻きつけた。 「おまえ、学校でああだろ。うちでもあんな感じだったらいやだなと思って、サイクリングのついでに寄ってみたんだ」 「何がついでだよ、この大嘘つき!」 「知らないのか?男と違って、女は嘘をついても罪にならないんだそうだぞ」 「そりゃ、おまえが嘘をついているってことじゃないか!」 「しまった」 エミはぺろりと舌を出し、自転車用のヘルメットを被り、サングラスをかける。 「ひとつだけ、聞かせろ。何でこんなことをしたんだ。返事によっちゃ、もう一度おまえを殴ってやる」 「私に勝てると思ってるのか?」 「分からん!」 「おまえは勝てるさ、正面から戦えばね」 エミは自転車に跨った。 「おまえは強い。負けたのは、わたしを甘く見ていたからだ。最初から警戒してきたら、私はジョンには絶対に勝てないよ。ジョンはすごく強いんだから」 ジョンは口をパクパクさせて、真っ赤になって立っていた。 「それだけ強いんだから、もう女子供には手を出すなよな」 ジョンはようやく一言だけ言った。 「あ、当たり前だ!」 「OK。じゃあ、あたしは嘘つきじゃない。安心して、行くよ」 ジョンははっとして言った。 「そういうことをうちの親と話していたのか」 「そゆこと。くれぐれも、私を嘘つきにするなよ。化けて出てやるぞ」 「おまえ、死んでないだろ」 「生霊さ。ファントム・レディだからね」 「なるほど...」 クリスと違って、茶々を入れずに納得したジョンに、エミは気をよくしたようだった。 「じゃ、な。今度学校で話しかけても追い払うなよ」 ジョンは走り出そうとしたエミの自転車のハンドルを押さえた。 「待て。おまえはまだ答えていない。それだけは答えてくれ」 エミは首を傾げ、サングラスをかけた顔をジョンに向けた。 「何でこんなことをした?」 ああ、とエミは笑った。 「私はね、それが極悪異星人クリンゴンでも、無慈悲王ミンでも、間違ったことで責められてるのを見るのが大嫌いなの。それだけ。別に、あんたのためにやったんじゃないから、気にしないで」 エミはハンドルを押さえているジョンの手を、つんつんと突ついた。ジョンは手を離した。にっと笑って見せて、エミはぐいぐいと自転車をこぎ始めた。自転車はあっという間に加速していき、そんなパワーを秘めているとは到底思えない、小さな細い身体を運んで行った。エミの後姿に見とれていたジョンは、曲がり角で曲がる前に、振り返って手を上げて見せるエミに手を振り、前を向いて曲がり角を高速で曲がっていくエミを見つめていた。ジョンはしばらくそのまま立っていたが、やがて呟いた。 「ファントム・レディか...中国の幽霊物語を見たときも思ったけど、東洋の幽霊っていうのは、何であんなに綺麗なんだろうな...」 ジョンは振り返り際に、横の木に思い切り右のこぶしを叩き込んだ。鈍い音がしたが、ジョンは表情も変えずに、家のほうに歩き出した。6歩進んだところで、ジョンはしゃがみ込み、右の拳を左手で押さえた。 「い、いてえ」 関節が外されたような痛みに耐えながら、ジョンはKARATEやJYUDOでも習ってみようかと考えていた。 |
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なかなか結果の出ない探索も、一つの糸口が見つかると、ぱらぱらとほどけてくることがある。クリスはかなり「組織」に関しての情報を集めていた。まとまった情報はなく、様々なところ、思いもかけないところで顔を出す情報を集めていくと、なかなか面白い絵が浮かび上がってくる。様々な殺人者に関する情報に関連して出てきたり、都市の厚生保険に関連して出てきたり、地域については、まったく特定されることのない、日本のあらゆる都市、地方で現われてくる。教育関連でも見受けられる。この感じだと、日本の人間のあらゆる分野に関して、この組織が関わっている可能性があるのだ。 さらに、クリスは日本のネットワーク内に一つの興味深いエリアを見つけ出した。そのエリアは、日本の他のエリアとは比べものにならないほどのセキュリティがかけられている。軍事セキュリティも含め、最先端に近いところを知っているクリスでもまったくロックのかけ方が想像できないセキュリティが施されている。 「おそらく、独自仕様だ」 独自にセキュリティを開発するのは、おそらく不可能に近い。豊富なマンパワーをつぎ込んで万全を期しているマイクロソフトでさえ、セキュリティ・ホールをすべて埋めることが出来ないでいるのだ。軍事施設に近いセキュリティが、そのエリアにはかけられている。しかも、入り込もうとしたクリスを追ってくる、追跡プログラムまで装備されていた。クリスは肝を潰して逃げ、日本の銀行を経由して脱出したところ、そこで撒けたらしく、それ以上の追跡はなかった。念のため、その時のアクセスプログラムは、痕跡を全て消して、フリーエリアに置いておいた。後で、度胸があったら見に来てみようとクリスは思った。 しかし、不思議なのは追跡プログラムの対応だ。本格的に追跡するというより、試しに追っかけてみようというような対応だったのだ。一番不思議なのはそのスピード。軍事用の追跡プログラムは、ものすごく早い。気がついた時には身ぐるみはがされている。しかし、今回のこの追跡プログラムは、のんびりとクリスの痕跡を追ってきていた。まるで、プロトタイプのように。そう思って、改めて安全な場所から観察していると、どうやらそのプロテクト全体が、手仕事らしいことが見えてきた。極端に言えば、このセキュリティ自体が、素人の趣味で作られているようなのだ。このエリアは、ひょっとしたらなんらかのエキスパートを集めて、その訓練のために作られているのかもしれない。クリスは、Macintoshにそこを見張らせておいた。 |
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そしてオノ=センダイでの検索結果を分析にかけ、確認して、ある地方都市の入院記録から、「コジロー」の文字を引き出すことが出来た。これが3年ほど前。年齢も一致している。そして2年程前に、一時、日本の警察機構の中で、「コジロー」という人物が指名手配されている。しかも、不可解なことに。3日ほどのうちに、その指名手配は間違いだとして、撤回されているのだ。その前、5年ほど前にも、やはり警察機構にこの名前の記述がある。それは、売春斡旋組織の摘発に、コジローという人物が関わっていた、という記述である。クリスは首を捻ったが、どうも、このあたりは関連性があるような気がする。関連のありそうな情報を継続してオノ=センダイにまとめさせ、Macintoshを覗くと、いくつかの入りと出の情報がダミーのフィルタに引っかかっていた。そして、その中に「コジロー」の名が見つかった。 「ビンゴ」 クリスは呟いた。たぶん、間違いない。これがエミのお兄さんだ。後はこのままフィルタをセットしておいて、確実な情報をその中から拾い出せばよい。 「ご苦労さん」 クリスは誰に言うともなく声をかけて、自分の部屋を出た。トイレに行くためである。クリスはトイレに行って、戻りしなに母親に声をかけた。 「かあさん、もうそろそろ目途がつきそうだ。ありがとう、長いこと」 キッチンからくぐもった声が返った。 「やれやれ、よかったよ。で、吉報かい、凶報かい?」 「まだわからないけど、凶じゃないと思うよ」 あくびをしながらクリスは言い、部屋に戻り、そのままベッドに倒れこんだ。顔が布団につくや否や、クリスはもう寝息を立てていた。糸口を得てから、ほぼ2日、寝ていないのだ。寝ようとしても、脳が許してくれず、ずっとつききりでサーチしていたのだ。ゴミ溜めのような部屋の中で、クリスは王侯貴族にも許されないような、深い満足感の中で熟睡していた。 「いま、何時だと思ってんだろうね、あの子は」 クリスの母親は時計を見た。時間は午後十時を回っている。クリスの母親は、少し迷ってから電話のダイヤルを回した。電話はつながり、クリスの母親は夜になっての電話を詫び、呼び出しを頼んだ。相手が電話口に来るのを待ちながら、クリスの母親はキッチンを見た。今日一日、あの子は食事もしていない。持って行ったハンバーガーとトーストをかじっただけ。クリスのための食事は、手付かずのまま冷え切っていた。 熟睡しているクリスの背後では、忠実なコンピュータたちが、命令された仕事を飽くことなく遂行しつづけている。それは、クリスのセンスで、推論を絞り込み、様々な要因を反映させ、また分解して、わかりやすい形に整えていっている。クリスはどうやら間に合ったようだった。 |
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