緑の魔歌 〜 Eccentric Firebomb Girl 〜 p.3
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1 | エミーリアの夢 | p.1 |
2 | クリスのダイブ | |
3 | エミーはご機嫌斜め | p.2 |
4 | ジョン・タジディ | |
5 | キーワードを捜して | p.3 |
6 | ユーレイカ! | p.4 |
7 | 甘い香りのピーナッツ・バター | p.5 |
8 | お掃除 | p.6 |
9 | 恋は眠気 |
★ キーワードを捜して |
クリスの指が滑らかに、少し投げやりにキーボードの上を飛び回る。クリスは大きな溜息をついた。目が覚めてから数えても、もう3千回は溜息をついている気がする。デジタルの時計を見ると、14:32を表示している。家に母親の気配がないのは、買い物にでも出かけているのだろう。たぶん、きょうは...何曜日だったろう。母親と話して、ネットに入り込んでから、もう1週間以上は経っているはずだ。10日以上かもしれない。たぶん、2週間は経っていないと思うのだが... とにかく打ち込みをして、プログラムが出来たらそれを作動させ、自分は寝る。目が覚めたら、プログラムの動作状況を確認してから、キッチンに行き、冷蔵庫を開けて母親が用意しておいてくれたらしいものを見つけて電子レンジにかけて食べる。そして自分の部屋に戻り、別のプログラムを考えてみて、大体の仕様を考えたら、また打ち込みに入る。かなり強化してあるクリスのマシンでも、全世界のネットワークを相手に回すと、なかなか時間と手間がかかる作業になる。それを、クリスの作ったプログラムでサポートしていくのだ。機械と協働しながら、クリスは世界に穴を穿つ。大事な友人のために、クリスは全世界を敵に回して戦っているのだ。 日本の情報は、主にオノ=センダイに探らせている。日本のハードなので、日本語への対応が最初から考えられているからだ。心配していたとおり、日本と言う国は、情報の電子化がほとんど進んでいなかった。コンピュータはかなり入っているということだから、ネットワーク化されていないのだろう。個々の切り離されたローカルに保存されるコンピュータの内部を探るのは、他の国から遠隔で、ということだと、まったく不可能である。クリスは、こちらは調査の初期の時点で、早々に諦めた。 民間企業については、比較的ネットワーク化されている部分もあった。こちらはセキュリティも低レベルで、アクセスすることも出来たが、内容はほとんどクリスの役には立たない。企業間の取引情報を集めても、しょうがない。うまく利用すれば金儲けも出来るのだろうが、クリスはとりあえず興味がなかった。 念のため、キーワードを段階的に設定して、ヒットするものがあれば抽出するようにした。日本語は表記方法が曖昧で、非常にキーワードを設定しにくい。とりあえず、表音文字のHIRAKANA、KATAKANAなるものがあり(何で2種類要るんだよ!)、未だに表意文字を使っている。KANJIというのがそれだ。元は中国の文字らしいが、かなり違ってきており、軍事用に開発されている中国文書の解析ソフトは使えない。日本文書の解析ソフトは開発されていない。軍事的にも、意味がないとみなされているようだ。 アメリカのキーワード設定でも、誤字脱字が普通にあるので、それほど単純ではない。しかし、漢字が入ると、ATEJIというものが発生するらしい。これを考慮すると、検索キーワードは、ゆらぎシステムを使ったとしても、天文学的な数字になり、おそらくスーパーコンピュータを使わないと、解析は難しいだろう。 クリスはエミから聞いた表音文字と、KANJIのキーワードを入れてやってみた。結果はかなりのヒットがあり、この名前がそれほど独特でないものであることがわかった。そうすると、探索はいよいよ困難になる。つまり、ヘンリーという名の、22歳前後の男で、7歳下の妹がいて、その妹がアメリカに渡っている、あるいは行方不明になっているものを捜すということなのだ。1億人の中から。しかも、官公庁の情報はほとんど望めず、民間の情報から、これを見つけ出さなければならない。どう考えても、無理だって、これ。それでも、クリスは頭を絞った。 最初に当たったアメリカのネットワークの中では、「コジロー」に関する情報は、所在の明らかな日系人のもの以外はなかった。これは、見つかったコジローの情報と、日系人のデータベースを照合して消し込んでいった。それでも不明のものが数千残り、これと民間の信用情報を絡めると、きれいに消えてゆき、それでも数十が残った。それに関しては、個々に当たり、住居地や勤め先を確認して消して行くと、ほとんど消えてしまった。観光客の情報にもかなりあったが、こちらは年齢がキーになって、対象を減らしていくことが出来た。残ったものに関しては、周辺データを当たってプリントアウトしておいた。後でエミに確認してもらうためである。 アメリカの対日本情報を当たっていく中で、クリスはエミの情報をいくつかたどることが出来た。たどっていくと、そもそもアメリカに渡ってきたあたりで情報がぷつんと切れている。エミの両親は、どこを押してもまっとうなアメリカ国民だが、エミの方が非常に曖昧なのである。エミの養子縁組のためのアメリカ国籍は、通常のルートで取れるはずがない。アメリカで生まれたわけでも、申請があったわけでもない。エミのアメリカ国籍は、ある日ぽんと発生しているのだ。クリスはそこはMacintoshにダイブさせて、周辺情報を探らせた。エミの日本からアメリカへの渡航情報はなかった。これは、ある日エミが海を越えて、ぽんとアメリカに現れたことを意味する。クリスは、通常とは違うルートで、エミがアメリカに運ばれたことを意味する。 擬似IBMマシンには、中国、アジアを中心として、アメリカと日本以外の国を探らせているのだが、こちらも引っかかってくるものはない。まったく違った言語体系の中に、類似性を発見してほう、と感心させられるくらいだ。これも、言語学者に見せたら大喜びするのだろうが、クリスには興味がない。引き続きサーチを任せて、クリスはディスプレイをMacintoshに切り替えて、ここまでに絞り込まれた情報をスクロールさせる。一定の速度でスクロールさせ、引っかかるものをチェックするのだ。 クリスはコンピュータのことを知っている分、余分な幻想は抱かない。コンピュータで出来るのは、指示されたことを、指示されたとおりにやるだけである。人間のように、自らの判断することは出来ない。イデオ・サヴァーンなのだ。コンピュータに抽出させた雑多な情報に、意味を与えることが出来るのは、ちゃんとした直観力を磨き上げた人間だけなのである。クリスは、自分で出来ることに幻想を持ってはいない。自分に出来る範囲のことをやるつもりだった。ディスプレイを下から上へ流れる情報を瞳に映し、クリスは自らの内部に深くダイブする。 「?」 何かが引っかかった。クリスはスクロールを止め、少しずつ逆にスクロールしていく。ほとんどの情報は、この件名でこの情報の関連であれば、疑いを挟む必要のないものばかりである。クリスは、エミの当座費用の領収データに、引っ掛かりを感じた。エミの情報は、ほとんど移民局を通してのものになっており、これはこれで何の問題もない。しかし、エミの身元請けを行っている担当が発行している領収書の相手欄は、「ORG of J」とされているのだ。これだけが異質である。クリスの目は、これを拾い出したのだ。 「何だ?これ」 クリスは詳細情報に目を通したが、特に問題はない。問題はこの金の出資者だ。この名前は今までに出てきたことがない。ひょっとしたら、これがキラー・ワードかもしれない。クリスはプログラムを書き換え、擬似IBMマシンに現在の業務を一時停止させ、このプログラムを移植した。キーワードを変更し、動作を開始させた。キーワードは「ORG」と「J」の組合せだ。これを、少しずつ絞り込んでいく。クリスのプログラムはアメリカのネットワークに繋がり、探索を開始した。 そちらの探索を擬似IBMに預け、クリスは問題の領収書データの検討に入った。ORGは、おそらく組織。そして、Jは日本の略だろう。日本の組織。こんな固有名詞はあり得ない。だからこそ、クリスの眼に引っかかったのだ。だが、領収書の宛先を「アメリカの組織」とする馬鹿が移民局にいるだろうか。固有名詞が必要だから記入しているのだ。つまり、この名前は、これだけで固有名詞と認められることになる。だとすれば、日本にはあるのだ。「日本の組織」という名で、アメリカに通用するような何らかの組織が。そして、その組織が、何らかの理由で、エミの考えられないようなアメリカ入国を画策したのだ。 「たぶん、これだろうな。エミとエミのお兄さんに絡まっているのは」 クリスは確信していた。擬似IBMが探索の終了を告げている。クリスは画面を切り替えた。ヒット件数は26億件強。 「まあ、こんなもんだろうな」 クリスは呟いて、検索結果を表示させた。数十件を見て、不要なものを抽出するキーワードを決め、再度プログラミングし、26億件からの絞込みを実行する。対象データは既にローカルに取り込まれているので、回線は空いている。クリスは、オノ=センダイに新たな仕事を割り当てた。「ORG」および「organization」を主キーワードとし、日本語翻訳で現れる表意文字と、考え得る表音文字の組合せをキーワードとした探索である。オノ=センダイは、クリスの指示を受けて、日本の未開のネットワークに侵入する。ディスプレィを擬似IBMに戻すと、26億件が8千万件程度に絞り込まれている。 「上等」 クリスは呟き、再度抽出キーワードの選定を始める。クリスは既にリアル・ワールドから離れ、コンピュータの世界の中に入り込んでいた。 |
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